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スレッドNo.1386

百までは生きとうはなし草の雨

>百歳のリュックの中身風光る ぴのこ

わたくしの介護では98歳の高齢者をふたり見ていましたが、ひとりは茨城生まれの男性で暮に危篤になり正月は三日まで葬儀場が開かないから何とか三日まで持たせろとわたくしが寝ずの番をやらされ、「迎えが来た」と幻視のたびにまだ早いから三日後に来いと言えと何とか葬儀場が開くまで持たせたことがありましたが、郷里の横綱稀勢の里の誕生を見ずに逝かれた。
もうひとりは女性でこの方もインフルエンザでタミフル飲んで朦朧とし脱糞をしながら歩くので掌で受けとめながら後を追う始末で、何とか持ち直しましたが、そこまでの介護は他のヘルパーには無理だと24時間介護体制の施設に送られたので以後はわかりませんが、百歳まで生きたと信じています。

百で思い出すのは秋口に吟行で「ににん」のメンバーとは顔見知りの御縁で百号記念祝勝会に招待されて「百」にちなんだ席題が出されて詠んだ、

  石段の百の高きに登りけり  猫髭

が票を集めて三位に入る高得点で、わたくしのウンチク俳句に批判的だった同僚が「あれでいいんだよ」と推奨してくれたので「高きに登る」という重陽の古俗をそのまま詠んだだけなのに「こんなもんでいいのか」と戸惑ったことがありました。

自分の寿命は曽祖父母の寿命とか親の寿命を換算すると恐ろしく正確な寿命がわかるという明治時代の言い伝えがあったが、どの古書で読んだか失念したので、まあ知る必要はないだろう。かなりハードな生き方をしてきたから長生きはまず望めないし、第一自分の年とかまったく興味ないので、先週も床屋に行ってほとんど白髪ではないかと驚いた。髭を剃るぐらいしか鏡を見たことがないので床屋の全身鏡と手鏡で見せてもらって、浦島太郎じゃん!?とおでれえた。そういうわけで死ぬまでは生きているしかないで十分である。「きっこのハイヒール」もそうで来なくなったら死んでます。(*^▽^*)ゞ。

>角田光代の『対岸の彼女』は、2006年にWOWWOWで2時間ドラマになったので観ましたが

俺も見たかなあ、と記憶を辿ったら見てたようです。2006年1月15日放送で17年前なのでほとんど記憶にないが、子役の方ではなく成人した葵と主婦の財前直見と夏川結衣の演技が印象に残っていたので覚えていたのだ。当時の優秀作にも財前直見と夏川結衣が選ばれているから、わたくしの記憶も首肯している。少女役は全然覚えていないが魚子役の多部未華子はかすかに記憶がある。きっこさんの記憶は書き間違いでアオちん役が石田未来ですぐ引退したのでこちらは記憶なし。ナナコのイメージが自分なりにあったので多部未華子には違和感があり、その違和感がずっと多部未華子には付きまとうので彼女の出る番組は、鎌倉の文房具屋の娘をやったドラマが見られたくらいで、わたくしはどうも苦手で、日本では韓国映画のリメイク『怪しい彼女』が話題になったが、あれは70歳のお婆さんが20歳に若返ったことで起こる悲喜こもごものコミカルな傑作で、この脚本で台詞もほとんど同じで演出にそれぞれの国の過去が反映されるくらいで、各国でリメイクされ、オリジナルの韓国映画は主演のお婆さん役のシム・ウンギョンも若返った役のオードリー・ヘップバーンに憧れてオ・ドゥリと名乗るナ・ムニの演技も歌も笑って泣けて素晴らしいのだが、わたくしが見た中国版の『20歳よ、もう一度』もテレサ・テンがもじられていてなかなかで、特にベトナム版のリメイク『ベトナムの怪しい彼女』はよくもオリジナルをここまで練り上げたという面白さで主演のミウ・レの演技と歌が素晴らしい。原作を超えるような怪演に思わず落涙しそうだったが、日本盤の『あやしい彼女』のお婆さん役の倍賞美津子はまだしも若返った役の多部未華子の演技と歌が、オリジナルやリメイクを見ていたせいか、余りにも歌と演技が学芸会レベルで良くこんなリメイク作って恥ずかしくないなと驚いたほどひどかった。多部未華子は頑張っているが頑張っているのが見えると白けるのが映画の怖さである。

とはいえ、キャスティングが全然違うだろうということは多々あり、山本周五郎のわたくしが愛してやまない短編に『その木戸を通って』があります。主人公の女性の名前が偶然「ふさ」という母と同じ名前だったこともありますが、とにかく余韻がすばらしい。青空文庫にもアップされているし、短編なので読み通すにはそれほど時間を要しませんが、初めて読んだ時、短編なのに長編を読んだ時のような余韻が残って、以来何度も読んでいて、後年俳句を始めてから

  その木戸を抜けてゆきしが秋の風 猫髭

と詠んだことがある。それが大好きな市川崑監督で主人公中井貴一主演で映像化される話を聞いて待ちわびていたがいっかな発売されない。何年かして発売されたが、理由は、日本で初めてのハイビジョン放送の試験放送向けのテレビドラマとして1993年にフジテレビが制作した。 主演の中井貴一は監督の市川崑から「この映画はどこにも公開しないし、報酬も安いが、後世には役に立つから出演してくれないか」と頼まれて引き受けたということをビデオが出て知った。勿論何とか手に入れて見ました、が、見る前にふさ役はと見ると浅野ゆう子。冗談はよしこさんと見る前からのミスキャスト。ショックだったなあ。もっと地味でいい女優はいるだろうに選りに選ってトレンディードラマのねえちゃん選んでどうすんの、と見る前から嘆いたが、案の定イメージが違いすぎて全くぼけたドラマですぐ記憶から抹殺しました。演技が上手くても君じゃないだろうが、という映画はあり、ルキノ・ヴィスコンティ監督のカミュの小説、「今日、ママンが死んだ。もしかすると昨日かもしれないが、私にはわからない」という強烈な出だしの一行を持つ『異邦人』の映画化、主人公のムルソーを演じるのがマルチェロ・マストロヤンニ。馬鹿野郎、マリーをアンナ・カリーナがやるのに何で演技は上手いがイタ公が演じるんだよ、ジャン・ルイ・トランティニャンとか他にいるだろうがと昔見た時は思ったが、ヴィスコンティはイタリア人だった。ま、そういう噓だろう!というミス・キャストは水戸黄門役の武田鉄也とか枚挙に暇がないが、何で多部未華子から水戸黄門の話になったんだ?

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年03月20日 21:01)

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