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スレッドNo.1584

日曜はダメよ銀宝(ぎんぽ)に呼ばれたの

昔鎌倉に住んでいた頃、「ぎんぽが出ました」と行きつけの天婦羅屋から電話が入ったものだ。高円寺の俳人BARでバーテンをしていた頃も近所の天婦羅屋に「ぎんぽ出ました」と貼紙が出ていたから、どの天婦羅屋でも葉桜から梅雨時にかけてだけ獲れる、別名「海泥鰌」と呼ばれ泥鰌を平べったくしたような魚が出ると、鮨で言うところの小肌の子ども「新子(しんこ)」が出ましたと言うようなものか、いつ入るかわからない季節のネタで貴重なので常連にしか回らない天婦羅の女王様で、見た目は悪いが天婦羅にすると皮と身の間がゼラチン状で、食べると皮がしこっとしてゼラチンがぬるっとして身がほこほこしてぬるしこほこぬるしこほこという独特の食感と旨さは別格で、天婦羅ネタとしては極上である。俳人BARによく顔を出してくれた「月の匣(はこ)」主宰で美食家でもある水内慶太(みのうちけいた)さんの俳句に、

  隔たりをぎんぽが埋めてくれにけり 水内慶太

という句があり、角川季寄せに晩春の例句として載っていていたく感心した。ほんとうにぎんぽの天婦羅を食うと心が満たされる。干物では那珂湊の魚屋「魚徳」や「角屋」の店主と死ぬ前に食うとしたら柳鰈と赤次(きんき)の干物のどっちがいいと話すのだが、上品なヤナギカレイか強烈な脂の香ばしさのアカジかでいつも悩むのだが、ぎんぽも穴子とどちらを選ぶかと言われると悩むようなものか。

わたくしは国内外の店で気に入るとそこにしか行かないから、海外でもレストランだけでなく靴屋とかレコード屋とか本屋とかワイナリーが、ツーリストだと言っても「あなたはドメスティックよりも頻繁に長い間通ってくれる」と覚えてくれるのでこちらが恐縮するほどで、国内では出張先の小料理屋の女将が「皆まで言うな。わかっとるぞ、わかっとるぞ」と頼まないのに地酒の酒粕とどぶろくを持って来る。酒粕で酒を呑んだのがよほど印象に残ったのだろう。常連というのは苦手なのでいつもひとりでふらっと店に入るのだが、同じ土地に行くと面倒なので気に入った店はそこしか行かないから、いつの間にか常連扱いになるのだろう。年に数回しか行かなくてもそれが30年続けば邪険には出来ないのか「お口に合うかどうか、こんなもので良ければ」と出て来る酒のつまみに外れはなかった。横浜の中華街も鎌倉の天婦羅屋も独身の時からひとりで行って、それがカミサン連れて、やがて子どもも連れてと半世紀に亘れば店も三代に亘ることになり、その店の昔の味を覚えているから店も親の代の味を守られているか確認したいのだろう。

いい店というのはお客と店が一緒に作るものなのかも知れない。

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年05月01日 19:21)

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