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スレッドNo.747

糠漬の一斗樽より大根抜く

月給鳥時代、京急蒲田駅に会社の開発技術センターがあった時に行きつけだった飲み屋に「河童亭」という池波正太郎の「鬼平犯科帳」に出て来る「五鉄」という軍鶏鍋屋をモデルに作られた店があって、この店の名物に吉野杉の樽を糠床にして大根を一本丸ごと漬ける豪快な大根の糠漬があり、分厚く切られた大根に柚子を散らしたのを〆に齧るのが習いだった。歯の悪い客には短冊に刃を入れてくれたが、普通は分厚い輪切りがどんと出てくるので初めて頼んだときは驚いたが、当時はまだ若くて歯があったので丸ごと豪快に齧らなければ大根の瑞々しさが味わえないだろうと哀れんだが、今は総入歯なので胡瓜も薄く切らないと食べられないとほほな老人とはいえ、漬け具合も良く実に旨かったと未だに味は舌に残る。皮付きで一本丸ごと漬けるので切って入れると水分が抜けるから丸ごとだと瑞々しく漬かるせいだろう、一本丸ごと漬けないと味わえない清冽さだった。

「河童亭」の酒は菊正宗の樽酒だけで、カウンターの奥にどかんと樽酒が鎮座し、呑口から片口に移してお燗は主の老女の人肌に任されており、それが厭ならほかを当たりなで通していたが誰も文句を言わなかったのは、菊正宗の燗はこの温度が一番旨いという女将の確かな舌が正しかったからに他ならない。糠漬の樽は菊正宗の樽が空いたのを使ったのかとも思ったが、わたくしの記憶では漬物用の樽を特注していたと思う。女将が最近は樽を作る職人が減ったことを嘆いていた記憶があるからだ。とにかく酒も肴も旨く、忘年会は毎年『河童亭』の二階でやっていた。店の作りも良かった。喧騒の蒲田駅歓楽街から少し西へ離れた閑静な住宅街にあり、暖簾を潜ると壁には人間国宝芹澤銈介(せりざわ けいすけ)の「型絵染」が壁を彩り、煙草のマッチが小川芋銭(おがわ うせん)の手書きの河童の絵だった以外は江戸時代の飲み屋、それこそ「鬼平犯科帳」の「五鉄」で呑んでいる雰囲気だった。いわゆる横浜野毛の「武蔵屋」と同じく酒の呑み方を教えてくれる店だった。残念ながら平成19年(2007年)に女将が年なので店を閉じたが、店に来るお客も蒲田のANAのスチュワーデスとか来るようになり、樽漬けの糠味噌の匂いが鼻に付くといったバカモノも増えて、最後の頃は糠漬もやめていたとか仄聞したので、そういう時代の変化も嫌気が差したのではないかと思われる。きっこさんのような若くて酒も肴もわかるという客はひとりも会ったことがないから、若者は若者相手の店へ行けばいいのだが、今は携帯でグルメ検索をして老舗に押しかけて列を成す時代だから、水商売である以上客を選べないので仕方がないとは言え、「孤独のグルメ」などで取り上げられると物見遊山の若者が列を成すので、欧米のように列を成す店には行かないという風習がない限りお国柄の違いで仕方のない時代になっているのかも知れない。

兎波さんの「大根」からつい関係妄想症で昔の話になってしまったねえ。(*^▽^*)ゞ。
写真は老鴉柿(ロウヤガキ)。

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年11月12日 06:01)

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