葭切と牛蛙ゐて水の秋
わたくしも近江八幡の水郷巡りに14年前の六月に一度だけ吟行に行きました。水郷巡りを企画した本人がハイヒール句会の句友に居てお互いに、あれは自分の企画でした、行って来ましたと驚きあいました。すさまじい広大な麦畑の色と昼間の葭切のけたたましい鳴き声と夜の遠吠えのような牛蛙の合唱に仰天しました。水郷巡りは船着場で江州音頭が流れてましたね。
右も左も葭原の迷路行き交う尾形船
波間にヒシやヒメコウホネ
きらめく水面に水中花
ケケスさえずりカイツブリ
さざなみ寄せて櫓がきしむ
恐ろしきゴッホの色に麦の波 猫髭
近江八幡の城下町は築いた豊臣秀次を市民が今でもみな尊敬していて八幡堀は市民が朝から当たり前のように掃除をしていました。このお堀は「鬼平犯科帳」の舞台としてよくTVで使われていたので、ここに鬼平が佇んでいたなあと見慣れていたので自分も降りて行って鬼平の密偵になった気分で懐かしく感じました。
それぞれの影の憩へる夏柳 猫髭
名物の鮒寿司は京都の義父に、まあブルーチーズのようなもんですな、わたしはよう食べませんがと言われていたので、鮒寿司屋が並ぶので覗きはしましたが食指が湧かないほど高くて、寿司は高いので当時は寿司屋は入ったこともなかったので、素通りして未だに鮒寿司を食べたことがありません。魚屋の倅だったので、あの値段なら刺身が山ほど食えると馬鹿馬鹿しかったからでしょう。それに大食いなので寿司は一度腹一杯食べていいというのでネタがなくなるまで三十個以上食べて、帰りにおにぎりを腹の足しにとコンビニで買って帰ってから誰もわたくしを誘わなくなったので、地元で寿司屋のオヤジさんを介護して家族に感謝されてそこの寿司を食べたらおいしくてしかも安いので驚いて、最初はお金を取ろうとしなかったのですが、わたくしがそういうことは大嫌いなのできちんと他のお客様と同じように御代を払って食べていますが、これだけ飲み食いしてこの値段という、回転しない寿司屋なのに良心的に過ぎる金のない人にはタダで食べさせていたというオヤジさんの気概だったそうで、息子さんも同じ志で跡を継いでいるので、猫髭さんからももっと値段を上げるように言ってくださいよとお客が心配するほどの値段で、コロナで寿司屋がつぶれているのに隣町から食べに来るほどの人気である。親子三代で食べに来ているという町のお寿司屋さんがわたくしの流れて来た町にはあるのである。寿司屋も蕎麦屋も八百屋もみんな子どもん頃からの同級生という、わたくしが那珂湊のようだとほっとする町である。
ヨシキリの写真はわたくしが撮ったものではないのですが、もう昔のことなので覚えていないので撮り人知らずということで。