trésor 2
スタジオの誰もが、一人の女性を食い入るように見つめている。
大谷龍もまたそのひとりだった。
かつて人気を博したアイドル・火鷹遊の歌を、全く違うテイストで唄い上げる彼女の歌唱力は、抜群に安定している。
なのに、それにはギリギリの危うさを伴っていた。
切な気な艶を帯びながらも綺麗に伸びゆく高音は、もっと聴きたい気持ちを煽る。
魅惑の音色を奏でる唇。
白いうなじ、
形の良い曲線を描く、胸から腰のライン。
彼女の全てから目が離せない。
誘うような瞳がこちらを向くと、勝手に体が熱くなった。
(とても同一人物だとは思えねぇな。)
『火鷹遊の歌を唄わせる?』
『ああ、そうだ。今日の面子の前で唄ってバレなければ、これほど心強いことはないだろう。』
ツアー帰りに立ち寄ったスタジオで、矢崎にそう告げられた時は
幾らなんでもそれはないだろう、と頭を抱えたが
その変貌を目の当たりにした今、龍の不安は呆気なく消し飛んだ。
全てを知った人間が、「別物」として新たに惹かれるのだ。
白浜を始めとする再デビューに関わるメンバーも、まさか彼女が火鷹遊本人だと気付く筈もない。
(初お披露目は、とりあえず大成功だな。)
安堵とは裏腹に、龍は苦笑を浮かべてスタジオを後にした。
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(避けられてる気がする…。)
遊がそう思い始めるまでに時間はかからなかった。
日本に戻って3ヶ月。
5年ぶりに再開したあの夜、長年の想いが成就したのだと感じていたのだが。
「遊、どうかした?」
運転している亜矢子が、バックミラー越しに視線を投げ掛けた。
「ん…いや。」
「急ピッチで色々動いてるから、少し疲れちゃったかしら。」
「オ…私は、大丈夫。」
(亜矢子が付いてくれてる内に、言葉使いもなおしておかないと。)
「亜矢子こそ、ごめんね。新婚なのに。」
「…っ!やぁね。遊ったら。」
ミラー越しでも、笑う亜矢子の顔が赤くなるのがわかる。
幸せなのだ。
一緒に喜びたい嬉しさと共に、どうしても思考が再び龍へと引き戻されてしまう。
二人でインペリアルホールに行った翌日。
龍は全国ツアーの準備に入り、その多忙なスケジュールのままコンサートに出発した。
先月の終わりには東京へ帰ってきたようだが、個人的な接触は皆無だ。
それどころか、スタジオやセントラルレコードで偶然見かけても
何故だか態度がよそよそしい気がしてならない。
「あのさ…」
「ん?」
遊は意を決して、願いを口にした。
「龍と、会って話がしたい。んだけ、ど…。」
「龍と?」
「無理かな。龍、忙しいだろうし…お、私も、いま微妙な時期だもんね。」
「……。」
亜矢子は、否定も肯定もせず、ただ帰路とは逆方向へと車を走らせた。
それからの亜矢子の行動は惚れ惚れするほど鮮やかだった。
「今夜はもう帰ってる筈よ。」と
龍の住むマンションの駐車場に車を滑らせ、
エントランスでインターホン越しに
「急ぎの届け物があるから開けて欲しい。」
と事務的に告げ、
ドアを開けて驚いている龍に向かって
「夫婦喧嘩したくないから、このことは内緒ね。」
と爽やかに去って行った。
「……。」
「……。」
かくして、呆気にとられた二人が玄関先に残されたのである。
「あ、あの…」
「……あがるか?」
「う、うん。おじゃま、します。」
龍の素っ気ない口調に心が折れそうになりながら、ぎこちない動作で靴を脱ぐ。
「悪い。人を家にあげたことないから、スリッパとかねぇんだわ。」
「え?あ、うん。ヘーキ。」
(誰も、通したことがないんだ…?)
ささいな一言で気持ちが浮上する。
案内されたリビングは、
割と綺麗にしていたが、片付いているというよりは
散らかすほど家に居ないというのが正解のようだ。
部屋には、心地好いジャズが薄く流れていた。
煙草の微かな匂いに、ここで龍が生活しているのだと実感する。
「珈琲ぐらいしかないけどいいか?」
既にドリップしてあったらしい珈琲を龍が差し出す。
「ありがとう。」
「……。」
「…?」
来客の想定がないリビングには
広めのソファーがひとつ。
先に腰かけていた遊は、
一瞬の沈黙の後に龍が隣に座ったことで
その意味を理解した。
(き、気まずい…。)
「……。」
「……。」
珈琲を啜ることふた口。
「順調か?」
質問の主を見ると、龍は手にした珈琲に視線を落としたままだった。
近くて遠い距離に、遊の胸が小さく痛む。
「ぼちぼち、かな。今日もボイトレだった。」
「高音域、伸びたよな。」
「え?」
「先月、白浜先生達の前で唱ってたろ?」
「ああ…。あれは、流石に原曲キーのままじゃ、バレる心配があったから。
でも確かに、昔はあそこまでの高さは出なかったかも。」
「ピッチも変えてたな。」
「うん。少しだけね。」
「そうか…。」
(そうだ。あの頃からだ。)
龍の態度に異変を感じたのは。
仕事の絡みで偶然会っても、
挨拶程度の素っ気ない会話。
目も合わせてくれない時さえあった。
(どうして…?)
「避けてるの?」
少し驚いた龍と視線が合ったことで
遊は、心の声を口に出していたことに気付いた。
(どうしよう。もっとやんわり聞くつもりだったのに。)
「……。」
目を合わせて貰えなかったことに傷付いていた筈が、今度は見つめ合うことに堪えきれず
遊は、カップを置くことを理由に前へ向き直った。
ふっ、と投げやりな溜め息が横から聞こえて心臓が冷たくなる。
「避けてるように見えたか?」
龍もカップをテーブルに置きながら口を開いた。
「うん…。」
俯いて答える遊は、次に告げられる言葉を恐れるように
ソファーの上でぎゅっと拳を強く握りしめた。
すると龍の手が、そんな遊の手に重ねられた。
「…?!」
「爪が食い込んで、手に傷が付く。」
そう言って、遊の手を開かせたと思ったら
明確な意思を持って
龍は大きな手は、開かせたそれを包み込んだ。
「り、龍?」
しっかりと握られた手から熱が伝わる。
「ドキドキするか?」
「するよ、そりゃ…」
「ばーか。」
「ばっ…!」
(馬鹿ってなんだよ!)
言おうと思ったのに。
見てしまった。そして気付いてしまった。
手を繋いだままこちらを見ようともしない龍の…
「耳が…。」
「うるせーよ。」
「耳…。」
「黙ってろ。」
(なんだろう、この気持ち。)
とてもくすぐったくて、幸せな感情が胸を満たす。
何も言わない代わりに、遊も、包んでくれる手を握り返した。
そして、龍の肩にそっと身を預ける。
微かに龍の体が緊張したのがわかった。
「ばーか。」
さっきのお返しに発した言葉は、ひどく優しい響きになってしまった。
遠くで聴こえるジャズの音色。
静かな夜。
ただ。
繋がれた手のぬくもりと
同じリズムを刻む心臓の音が
言葉を交わさなくなった二人の代わりに、互いの気持ちを懸命に伝え合っていた。
END
ぺこさん
うわぁぁぁい♪秋の妄想祭り〜
続きをありがとうございます!
遊ちんの女性としての魅力にやられてますね。龍ってば(笑)
いやー照れまくった龍がなんだか可愛い v
「爪が食い込んで、手に傷が付く。」
↑ 龍ったら キュンキュンさせるわー(♡´艸`)
万里さま
勝手に書き逃げ失礼しました〜(^o^;)
今回は
『遊ちんを意識しまくる龍』ですw
あくまで健全の範囲にとどめましたが
最近、健全萌えがマイブームだったり…
きっとリミッター振り切って
一周戻ってきたんでしょうね(^-^;
ぺこさん、待ってましたぁ〜☆
「キレイになった遊ちん」の描写にドキドキです。
&純情すぎる龍に超萌えです(*^^*)
私の小さいつぶやきからのフランス語タイトル〜
とのお話、とっても嬉しかったです☆
ありがとうございます!
続きが気になるワクワク感がたまりません♡
続きをありがとうございます、ぺこさん!
あーん、もうっ
このイノセントでストイックなじれじれっぷりが、往年の少女漫画好きにはたまりませんな、はあはあ。(鼻息)
最近のTL漫画な二人も見てみたいけど、掲示板では無理か(笑)
妄想部員としては、あとは各自自由に妄想爆発させろという事ですね、そうします!
こりすさん
龍、純情萌えにご賛同いただき
ありがとうございます(*´ω`*)
部員の皆様の妄想がまた新たな妄想を生む♪
これぞイッツァソルジャーワールドですね(笑)!
シャナさん
そうなんです、イノセント!ザ・少女漫画!!
と、ばかりに鼻息荒く書き逃げしたら、
勢いで誤字があったりしていますが(汗)
脳内補填宜しくお願いします(о´∀`о)