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スレッドNo.493

嬉しいことは突然やって来る!

お盆に帰省したときのことです。母から、後頭部が最近ボワンボワンして、物忘れがひどくなって来ているのかなと悩んでいる様子でした。丁度当会で話題になった、例のおかしいよね!について話しをし、2パターンの言い方を紙に書いて、毎日言ってみてよと教えました。

盆が明け、少し経った頃、頻繁にラインが来るようになり、ここ何日かは毎日歩いていたのもやめ、気力も減り、体力も落ちて来たなどの件と相変わらず頭がボワンボワンするから心配だとの内容でした。私は一度病院で診て貰ったらどう?と話し、数日後の診察結果を話してくれました。

脳に異常は無いが、本人の状態から、このままいくと本当にボケてしまいますよと先生から告げられた様で、ショックを受けたと話していました。
母がその様な状態になったのは、80歳になったからという本人の弱気と、他に幾つか思い当たる所がありました。一つは、実家から歩いて数分のところに住んでいた伯父が、7月初めに緊急入院となり2週間ほどで亡くなってしまったこと。

伯父は母にとって平穏をもたらし、身内の中でも近しい存在で、悩み事があるとよく、そうか、そうかと聞いてくれていた心のリフレッシュを与えてくれる場所だったようです。それと、もう一つは、友達付き合いの多い母が感じた、同年代の旦那さんが、奥さんにしてあげている手伝いとか、優しさが、父とは比べ物にならない状態で、不満や愚痴をしょっちゅう言うので、その事が自身の心労になっているのではと思っていました。

数日後、私は母に会いに行きました。
確かに父も女性に対しての振る舞いは不器用で、優しく接する事が苦手な人だ。
ましてや父は86、今更夕飯を作ってくれと言われても難しいでしょ、作る意思があれば定年した時にやっているさ。
父は父なりに出来る事をやってくれている訳だから、そこをもっと感謝したらどうなのと。

父に対しての不満は言えば言うほど、自分が辛くなっているんじゃないの。頭で思ったり、言葉に出すと父本人には聞こえて無くても、父の中に宿る神様には丸聞こえなんだよ、父に宿る神様に伝わる事は、ずばり本人に伝わらなくても態度で出て来るんだよ、知らぬうちに冷たい態度になって、その行動を見て、また不満が溜まる。で、どんどん関係性が悪化する。でも、不満を言う方が心労が溜まり、辛くなる。という事は、反対に心の中で、感謝をしたり、本人にありがとうって言っていったら、自分の心労は溜まらないし、心と身体が楽になるんじゃない?

それと、亡くなった人の事を思う時、悲しい思いを強く寄せれば、そこに引っ張られるよという話、伯父が心の平穏を与えてくれた人だったとしても、それはお互いが生きている時の関係であり、亡くなった方には、亡くなった方のやるべき事が出て来る。生きている人間と同じ様な考え、生き方では無い訳だから、引っ張られる様な気持ちの持ち方は気を付けた方が良いよと。

まず、父への思いの向け方は、色々とこれまで一緒になったこと自体を否定したりしていたけれど、父と一緒になれたから、私がいる、私の嫁がいる、兄がいた、兄の嫁と姪っ子がいる、父と一緒になっていなければ、誰も居ない、今の幸せも無い。

今の幸せは、父と出会ったからなんだから、そこはありがとうだよね。色々苦労しただろうけど、子供の顔を見て頑張れた、子供にもありがとう、自分の兄弟も色々と支えになってくれた、兄弟にもありがとう、自分の周りにいる人々が支えになってくれた、周りの人々にもありがとう。

自分の今は、皆のおかげ、皆はどこから来たの?

神様が揃えて下さった。

神様にもありがとう、ありがとうの中で、生かされている。全てにありがとう。
ありがとうしか無いよね、相手の文句を言うと心労が溜まり自分が辛くなる。辛くならない為には、ありがとうじゃないの?

母は、目から鱗の状態で、私の話を聞き入っていました。
母は某宗教団体の信者で、かつて、家族全員がそこの信者でした。しかし、兄の死をきっかけに、私と嫁が抜け、父が抜け、母一人が信者としてやっていました。
宗教というのは、生活を教える場だと思っていて、いかにして生活して行くかを学び実践する事で、幸せになる。筈なのに、母のように、自分の生活の中に取り入れる事が出来ないでいる。

これは、宗教が儲ける事ばかり考えていて、信じる者を蔑ろにしているから、不幸になっているのではないだろうか。この事は次回の話題に取っておきます。

母より、貴方は本当に苦労したんだね、苦労したから分かったことなんだねと、で、どうしたら貴方の様な考えになれるの?と聞いて来ました。
私は、今生かされている事の感謝を毎日、朝晩唱え、月初めは氏神様の所へ行って、先月の感謝と今月の感謝をと挨拶に行くよと、そしたら自分の周りの環境を整えて下さり、生きやすい環境になっていく。そうなると、自分の考えや思いも穏やかになっていき、他人に対する思いや考え方も変わって来るんだよと。

私も朝晩の感謝をしたいと言って来ました。母は続けて、感謝をする場所は、宗教団体でも良いんでしょ?と、聞いて来たので、そこに拘って来たから、今の様な生活になり、生き方になり、考え方になっているんでしょ?兄が亡くなった時に分からなかったの?と、当時の最後の兄の思いを初めて語りました。
そして、そこに拘るなら、もう何も伝える事は無いからと立ち去ろうとしました。

母は泣き崩れ、そうだったんね、そうだったんね。と言い、ようやく辞める事に決心が付いた様でした。その日は、朝晩の唱え方を教えて帰りました。

数日後、母から、神社に行って来たよと報告がありました。
神社への挨拶方法はまだ教えていませんでしたが、私の話を聞き、行きたくなったそうです。広い境内にある沢山の社に、時間を掛けて練り歩き、お礼をしたらしく、何だかすっきりしたと明るく伝えて来ました。
私はそれを聞き、宿る神様に、母の思いや行動は、御祭神に届いたか聞いてみました。すると、届いているけど、今のところ静観していると返って来ました。

それが、9月中旬の事でした。

その後、母からの便りは、私ら夫婦への感謝と前向きに、おかしいよね!を言いながら過ごしているよという内容に、変わってゆきました。
9月末にふと思ったのが、10月1日は土曜日で会社がお休みなので、最寄りの氏神様に御挨拶をした後に、母の氏神様の所へ挨拶の仕方を教える事も兼ねて、一緒に参拝させて貰おうという閃きでした。

母に伝えると、飛び上がって(私の想像ですが)嬉しがり、嬉しい、嬉しいと返事が返って来ました。
当日、最寄りの氏神様への御挨拶を終え、母の氏神様の所へ御挨拶に行かして頂くお許しの御挨拶を行い、向かいました。

母は、るんるん気分で待っていると思いきや、道中気付かなかったのですが、私のメールに、ちょっと体調が優れないので、様子を見たいと届いていました。
とにかく実家へ行ってみようと玄関を開けると、ご近所の友達が来ていて、楽しそうに母が話をしていました。

聞くと、ほんの数分前に、訪ねて来てくれて、編み物(母は編み物が得意でご近所さんを集めて勉強会をしている)の事で聞きたい事があるって来られてね、横になっていたけど、この人と話していたら、元気になって来たのよと。
私は、宿る神様や神社の御祭神たちが、体力的に弱っている母を神社へ連れて行こうとあの手この手で、してらっしゃるのかなと感じ、感動しました。

母と初めて、神社に参拝しました。
御挨拶の仕方から、思いの表し方、伝え方、色々と話をさせて貰いました。
母は、とても真剣に私の話を聞いてくれて、参拝を終えました。
私の思いも、はつらつとして、とても気分の良い日でした。

11月1日は、平日だったので私の付き添いは無く、母1人で氏神様の所へ御挨拶に行きました。行ったであろう時間帯にふと気になり、連絡を取ってみました。今、終わって参道を歩いていると言い、私が上の方にもお詣りは出来たの?と聞くと、あ!してないと言い、今から引き返してもう一回言って来るねと電話を切りました。

母は初めて1人で参拝をして、同じ事を2回する事になったけれど、宿る神様や氏神様から練習をさせられたのかなと思い、心がほっこりしました。

母と神様とのお付き合いは始まったばかりです。
本人は気付いていないようですが、電話の声がとても張りのある声に変わって来ました。まだ、体力が快復するには時間が掛かるでしょうが、何事も一歩、一歩です。

私も今の様になるのに、9年掛かりました。人により年数は変わるのでしょうが、魔法の様に、一瞬で変わる事はありません。
この記事をご覧の皆様も、ご自分の環境を見つめ直し、行動してみてはいかがでしょうか。

私を生んで下さり育てて下さったご恩に感謝しながら、進んでゆけたら良いなと思います。
長文にお付き合い下さり、神に、神に、ありがとうございました。

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