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夢から見える風景

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年10月22日(土)19時01分56秒 i60-41-93-204.s42.a040.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
掲示板をご覧の皆さん、こんにちは、九代です。
皆さんは夢を見ますか?
私は見た夢を割と覚えているのですが、これからある時期に見た夢の話をしてみたいと思います。

全く同じ場所の夢を、2回見ました。
なぜ同じ場所だと分かったかと言えば、いつも始まりは同じ駅のホームに居るからです。
ホームの下は円形の大ホールになっていて、そのホールから更に下る大きな階段が一か所あるのと上に昇る階段は何か所かあり、それぞれの改札があります。

一つの夢は、いきなりホームで列車を待っています。
暫くすると列車が来て乗り込みます。
車内を見渡してみると何両かは分かりませんが、沢山の人が乗っている様でした。ただ立っている人は居らず、何語か分かりませんが時折聞きなれない言葉が耳に入ってきます。私は空いている席を見付けて座りました。
どこ行きかは分かりませんが、景色を眺めても全く知らない街ばかりです。
なのに、どことなく懐かしい様な感覚でゆられていました。

もう一つの夢は、やはり始まりは同じ駅のホームに居ますが、列車には乗らずホームの下にある円形の大ホールに行きます。
そこからどうやって行ったかは思い出せませんが、近辺にある高速エレベーターに乗る場所に行きました。

エレベーターに乗る所に行先ボタンがあったのですが全く見た事が無い記号が書かれていて、夢を見ている自分は理解出来ないのですが、夢に出ている自分は、迷わずどこかボタンを押して上に昇って行きました。
上に到着するとそれぞれに居住区画があり、その中の一室に入って休みました。

それからまた、高速エレベーターに乗り込み円形の大ホールに行き、手前側の改札を通り、ホームに着きます。
以前乗った時のホームからすると、その時は一番端にあるホームでした。
暫くするとまた列車が来て、乗り込みます。
前回乗車した時とは、雰囲気が違う人々が乗っていました。
それでも立っている人は居らず、空いている席を探して座りました。
その後、どこかで降りたのですが、何の為に降りて何をしたのかは覚えていません。

一つ目も二つ目も、同じ場所から始まっているという不思議な夢でしたが、この夢を自分なりに説くと。
誰しもが列車に乗り合わせているというのは、私達の人生にも似ているという事。

つまり人それぞれ目的や定めがあって、地球という列車に乗り合わせています。
その中で、いろんな場所、場所で途中下車して目的を果たしたり、果たせなかったり、定めを遂行したり、挫折したり、事故や事件に巻き込まれたり、いろいろな人生がありますが、神様を敬い感謝の言葉を奉げて、災いから御守り戴ける方々が、増えるならば、もっと素晴らしい世界になって、乗り合わせる列車の目的地は、皆、神様の元になるのですけどね。

また、何か閃いたら投稿いたします。

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神々の道標

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年10月 1日(土)14時45分27秒 i60-41-93-204.s42.a040.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
掲示板をご覧の皆さん、こんにちは、九代です。
今回は、私達が何か行動を起こす時、その行動の仕方によっては神の試しである可能性もある事をお話ししたいと思います。

私達は日頃、多くの場面で小さな決断をして生活しています。
例えば、お弁当屋さんに行った時「昨日は脂っこい物を食べたから、今日はあっさりとした物を食べよう」とか、「天気予報では雨と聞いたけど、今は晴れているから折り畳み傘にしておこう」など、小さな、小さな決断をしていますよね。
まあ今書いた例は、別段どうしようが何ら問題はありません。

これから書く事は、問題がある例です。
仕事のある場面で「この仕事は確か何年か前にやった事があるから、事前調査は抜きにしてその時にやった方法で行おう」とか、「こっちの道はちょっと危険だけど、早く目的地に着くからこっちで行こう」など、どちらの場合もちょっと時間を掛かれば何て事無い事ですよね。

事前調査はどんな場合でも大事な事です、それが何年か前となると方法が変わっているかも知れないし、その他に何か重要な事があるかも知れません。
危険な道にしても、少し遠回りをすれば目的地に着くのだったら、敢えて危険な方を選ばなくてもいい筈です。

これらの行為について日本では、横着と言いますが、世の中には横着が原因で問題になった事は沢山あると思います。

横着をしていなければ、その後の問題は起こらなかったのです。

少し例を出すと、
信号は赤だったけど横着して信号無視をした。
ちょっと酒を飲んだけど、家が近いから横着して運転した。
遊泳禁止って書いてあるけど、安全そうに見えたから横着して泳いだ。
飛び出し注意って書いてあるけど、急いでいたから横着して注意しなかった。
上げれば切りがありませんが、これらの結末は書かなくてもだいたい想像が出来ると思います。

この横着をするか否か、これこそが神々の試しなのです。
神々はいつも私達に道標を表されているのに、言う事を聞かないのが人間です。

皆さんも、今自分が行おうとしている事は、横着なのかどうなのかを慎重に考えて行動なされて下さいね。

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祈りの本質

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年 9月 6日(火)23時20分1秒 i60-41-93-204.s42.a040.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
掲示板をご覧の皆さん、こんにちは、九代です。
今回は、祈りの本質について深めて行きたいと思います。

皆さんは、一日の始まりに、神様にご挨拶をされていますか?
一日、一日を平穏無事に過ごされていますか?

今、世界中で自然災害やテロ・事件などで多くの人々が亡くなられています。
日本に於いても然り、最近では毎日の様に殺人や事故・災害などで亡くなられる方が増えてきています。
皆さんもご存知の様に日本は特に地震や台風や噴火など自然災害が多い国です。国内で大きな地震が起きると、次に世界のどこかで大きな地震が起こっています。
しかもこれらを最初に経験する日本は、いつも災害後の支援や復興の有り方を模索し進歩しています。
またこれらのノウハウを世界に広めて行く事も大事な日本の役割でもあるのです。

以前神示しで、日本は、神様が託す国とお聞きしております。

神様が託す国は、日本しかないのです。
日本人が経験し学んだ事は、海外の人々に広く教え導く役目があるという事です。
そういう役目があるからこそ、最初に災害を経験し学ばなければいけないのです。
日本人は言わば、責任重大な事を課せられた民族なのです。
これを機に、肝に銘じて頂ければ幸いです。

とは言っても役目を放棄するのは自由です。
選択権はあなたにあります。
ただ自分自身がそういう目に遭った時に、どの様な行動ができるのかだと思います。
目に見えない力で守られ、安全な場所へ導かれるのか否かです。

じゃあ自分だけ助かりたいのかと、言われる方が居るかも知れませんが、神様は、全員を何とかしたいとお思いなのです。
その事を一人一人が感じて、神様に導かれたいと思う気持ちで祈るならば、神様はその方にいろいろな試練を与え、真直ぐに神様に祈る事が出来る様にして下さるでしょう。

ですが、そっぽ向いている方々には、何ともしようが無いのです。
祈る気が無い人には、何もお与えにはならないのです。

時代の流れは、もう変わっています。

一人一人が神様に祈る事を、望まれています。
本当の祈り(神様に繋がる)ができる人が求められているのです。

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痛みは神様の大愛です!

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年 8月24日(水)23時36分44秒 i60-41-93-204.s42.a040.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
掲示板をご覧の皆さん、こんにちは、九代です。

今日は、痛みというものが何なのかについて、掘り下げてみようと思います。

7月11日の記事で、
『本当に苦しい時に、ただありがとうございますなんて中々言えるものじゃありません。痛みが和らいだ時に、痛みが出た時に痛みを感じるという事は、身体がちゃんと反応しているから、これも感謝。腫れているのは、血液の流れがうまく行っていないから、信号を出してもらっている、これも感謝、そういう考えに変わっていきましたね。』
と書かせて頂いていますが、この感謝とはどなたに対する感謝なのか、お分かりだったのかな?と思いまして。

痛みにもいろいろありますよね。
例えば、足が痛い、腰が痛い、腕が痛い、背中が痛い、頭が痛い、お腹が痛い、胃が痛い、歯が痛い、どこそこが痛いとはよくある事です。
身体を動かし過ぎて、筋肉痛なのか、不摂生をして痛むのか、病気になって痛むのか、それはもう様々です。
痛みが出た時、殆どの人が、痛みの原因を探り、適した医者に診て貰い、薬を飲んで痛みを和らげるという方法だと思います。

でも病院に行って医者からこの様に言われた事は無いですか?
「原因は分かりませんが、暫くはこの薬を飲んで様子を見ましょう」
または、「ストレスが原因でしょう」など。
ストレスが原因と言われる度に、ああ、原因は分からないのだなと思うのは、私だけでしょうかね。

痛みの原因、これが分かれば、いかなる病気にも特効薬ができるでしょう。
風邪にも特効薬が無い様に、人それぞれに生活習慣の違いや身体のつくり、症状、色んな影響を受けているか否か複雑に絡み合い、難しいのでしょうね。

今は、痛みの具合により幾つかの選択肢がありますが、大昔はどうだったのでしょうか、大昔と言っても調べられる範囲となりますが、巨樹や巨岩には神が宿ると信仰していた時代があったと言います。
現代の様な医者は居ませんから、痛みや病気が出て来たら巨樹や巨岩に宿る神様に祈りを奉げていたのかも知れませんね。

ただ周りを見渡してみたら、今は町の姿こそ昔とは変わりましたが、巨樹や巨木、巨岩の近くには必ずと言っていい程神社がありますよね、これはやはり昔から巨樹や巨岩を信仰していたという証しだと思います。

今も昔も痛みや病気の存在は変わらないのに、人の求めるものが変わった様に思います、今は、【痛み→治す】になっていますが、昔は、【痛み→祈る】だった筈です。
もっと言えば、痛みとは、神様に思いを繋げられる唯一のものなのです。

本来なら、痛む前に気付いて、祈りを奉げて欲しい所ですが、痛みも無く元気な時は、祈る方も少ないのではないでしょうか。
私も経験した様に、自分に足りない所があるのに中々気付かないから、痛みにより、神様の大愛に気付かせて戴いたのです。

痛いと思った時には、神様からの大愛だ!と思って、心を、深く、深く、お下げして、自分の思いを下げる様にして、心静かに、神様に祈ってみて下さい。
そうすれば、以前の記事でも紹介しましたが神様は、

与える者には与え、与えられぬ者には与えられぬ
よいな

と申されておりますので、自信を持って祈ってみて下さい。

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心の試練も戴いて

投稿者:神周士の会 愉人 投稿日:2016年 7月29日(金)23時32分8秒 zaq771914a6.zaq.ne.jp   通報 返信・引用
九代さん身体だけの試練だけでなく、心の試練も戴いて。

前の書き込みの中で、Skype集いの会では、何とも無い顔でいましたので分からなかったかも知れませんね、
と、有りますが、私は無関心で気の抜けた返事をしていたのを覚えています。

私は意気消沈している九代さんに対して、どう言う風に接するのかが、私の試練だったのかも知れません。
何とか神ごとに引っ張り込みたかったので、立教当時の神示の文字お越しの仕事に誘い込みました。
作業を行って行く内に、九代さんの表情と言うか身体全体の表現力が変わって来ました。
初期の神示に触れて何かを感じたのか、身体も心も変化が始まり出したのは初期の神示、挨拶の大切さ、祈りだと思います。

神様に届かなければ祈りも挨拶も意味が無い、神様は日々、人間の身体の為に異常を起こし、身体の毒素を悪い所を、元の正常な状態に戻すように、して戴いております。
しかし、それによる痛み苦しみが、素直に痛み苦しみを表現できなければ、それが神様に伝えられなけば、いつまでも続きます。
祈りが届けば痛み苦しみが徐々に治まり、身体の異常も治まります。
又、体調が戻れば新たな身体の毒素を悪い所を元の正常な状態に戻そうとして下さいます。

その都度、本当に素直に痛み苦しみを表現できなければ、それが神様に伝えられないと、いつまでも続いて行きます。
身体の異常も続く、素直にその都度の状態、思いが届かなければ、神様は正常に戻す事を続けます。

心の有り方、祈り方が通じなければ現状は変わらず、心の持ち方、神様への思いが届けば現状が変化する。

全ては神様のお力の元、仕組みが動いて行く現実を体験している、九代さんが祈りの実践、心の有り方も体験されて、
神様のお力を戴いている事実を日々、目撃させて戴いております。

もっと、一般の方々にも神様に届く、祈り挨拶が出来る、心の有り方について、解りやすく表現して頂いたらうれしいです。

素晴らしい心の試練、私も思い当たるところが沢山有ります、これからも体験談宜しくお願い致します。

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特別な事ではありません!2

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年 7月22日(金)17時23分5秒 58x5x70x21.ap58.ftth.ucom.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
まず今回は写真を2種類掲載しました。
一つ目の写真は、先月、6月24日の投稿で、血液検査数値(CRP)の変化について記しましたが、根拠となった実際の検査結果の3回分です。

2つ目の写真は、6月28日から7月12日までの2週間で、手の甲の腫れにも変化がありましたので掲載します、ご覧になってみて下さい。
現在は更に正常な状態に近づいていますが、7月19日にクリニックへ行った際、医師から7月5日に来院した時と比べても全然腫れの大きさが違いますね!と驚いていましたし、歩き方や立ち座り方が素早くなった事にもかなり驚いていましたよ。

手の写真をご覧になって、どう思われますか?

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特別な事ではありません!

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年 7月22日(金)17時23分5秒 58x5x70x21.ap58.ftth.ucom.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
まず今回は写真を2種類掲載しました。
一つ目の写真は、先月、6月24日の投稿で、血液検査数値(CRP)の変化について記しましたが、根拠となった実際の検査結果の3回分です。

2つ目の写真は、6月28日から7月12日までの2週間で、手の甲の腫れにも変化がありましたので掲載します、ご覧になってみて下さい。
現在は更に正常な状態に近づいていますが、7月19日にクリニックへ行った際、医師から7月5日に来院した時と比べても全然腫れの大きさが違いますね!と驚いていましたし、歩き方や立ち座り方が素早くなった事にもかなり驚いていましたよ。

手の写真をご覧になって、どう思われますか?

この写真は、去年の11月末に関節リウマチと診断されてから今日迄の間、薬物療法を一切行わず生活し、ただ、ただ、神様に回復を願う思いで、心を深く、深く、お下げして、自分の思いを下げる様にして、心静かに祈った結果なんですよ。
特別な事は何もしていません。

これは、私が特別に神様から選ばれた人間だからでしょうか?

いいえ、違います。

写真にある変化は、誰にでも起こり得るものなのです 。

この病は、私のある行動が原因で発症してしまった訳ですが、本当はどの様な行動をしなければならなかったのか、書いてみます。

平成25年5月の健診結果の悪さを改善すべく、自ら考えて無茶なトレーニングを始めました。
トレーニングする前日まで全く身体を動かしていなかった人間が、数値を正常に戻そうと無茶なトレーニングを約3か月間行いました。
後先考えずに突っ走ってしまったのです。
その年の暮れ、正座が出来ないほどに両膝が腫れてしまい、ゆっくりとそして着実に病へと進んで行きました。

今考えると、なぜあんなに症状の進行がゆっくりだったのか、それは神様が、早く神の思いに気付きなさいという猶予だったのかも知れません。

その後、神様の思いに気付かず、思い違いのまま1年半の歳月が過ぎ、プラス1年間を関節リウマチの症状で悩まされる事となってしまいました。

では健診結果を見た時に、本当は、どの様な行動をとるべきだったのでしょうか。

それは、単純明快、神様にお任せする。

だけで、良かったのです。
苦しくなった時、何を主にするのか、それを試されたのかも知れません。
主にする所を間違えると違った方向に行ってしまいますね。


神様が、人間をお創りになられたのです。
人間の身体の仕組は、神様が全てご存じなのです。


何かが起こる前には、必ず前触れと言いますかきっかけがあるものです。
その時は、自分であれこれ考えずに、まず神様に祈ってみて下さい。


神様に祈る時に注意してもらいたいのは、病気の方の場合、病気が苦しいので早く治して下さいと、頼む場では無いということです。
病気の方であれば、回復を願う思いで、心を、深く、深く、お下げして、自分の思いを下げる様にして、心静かに祈ってみて下さい。

病気では無い方も、心を、深く、深く、お下げして、自分の思いを下げる様にして、心静かに祈ってみて下さい。

自分は今迄良い事なんて殆ど無くて、不幸だと思われている方に一言。
あなたは、物事に対して思い違いをしていませんか?
あなたも、心を、深く、深く、お下げして、自分の思いを下げる様にして、心静かに祈ってみて下さい。

それが出来れば、きっと素晴らしい贈り物が頂けると思いますよ。


沢山の方が神様に祈る事を願っています。


http://

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Re:思ったこと

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年 7月11日(月)17時15分42秒 58x5x70x21.ap58.ftth.ucom.ne.jp   通報 返信・引用
会員さん、いろいろと私の事を気にかけて下さっていたのですね。
感想ありがとうございます。
ただ、いくつかお話ししておかなければいけない所がありますので、書かせて頂きます。

以前他の会員から、「行きますよ」と言われた時に、周りに迷惑が掛かるからと迷っていても、とありますが、迷っていた事はそれだけではありませんので、過去の記事(http://9324.teacup.com/kamiamanesimono/bbs/117)も、読んでみて下さいね。

また、関節リウマチと分かった時は、やはり落ち込みました。
しばらくは荒れていましたよ。荒れれば荒れるほど今の現実をいろいろと考えて、涙が込み上げてきてという状態が時々襲って来ました。挫折感もありましたし、悲観もしました、不満の思いもありました。
神様を慕う心と受け入れ難い現状とが、毎日代わる代わる出て来る感じでしたね。

Skype集いの会では、何とも無い顔でいましたので分からなかったかも知れませんね、一人切りになると割とそういう状態に陥っていました。

それが、ある時、泣くだけ泣いたらと言いますか、すっきりして、もう出る涙も無い。
よし、やれる事からやって行こう!
そう思うと心が徐々に晴れてきて、何をくよくよしているんだと。
それが、神様に対する思いの方向転換だったと思います。

本当に苦しい時に、ただありがとうございますなんて中々言えるものじゃありません。
痛みが和らいだ時に、痛みが出た時に痛みを感じるという事は、身体がちゃんと反応しているから、これも感謝。
腫れているのは、血液の流れがうまく行っていないから、信号を出してもらっている、これも感謝、そういう考えに変わっていきましたね。

それと、お医者様も驚く位のようですから、すごい回復なのでしょうね、とありますが、1月の段階で初めて東洋医学の医師に言われたのは、漢方は、西洋医学の治療の補助でしかありません、貴方が本当に治したいと思うのであれば、西洋医学の治療をまず行って下さいと言われました。だけど私は、とにかく漢方でしばらく様子を見させて欲しいと話したので、渋々漢方処方をして下さった感じでした。
また、自然療法で食生活の改善と漢方だけなので、医師は三ヵ月後の血液検査でも数値は変わらないと思っていたのです。

鍼灸に努めている方々からも、鍼灸治療は身体の調子を整える効果はありますがリウマチは治りませんけどねと、言われましたし、他の医者からも病院で治療しないと治る訳ないでしょうと言われました。

しかし悲しいかな、これが今の世の現実です。
私は今回、関節リウマチになって、いろんな場所で話しを聞いて残念だったのは、神様に日頃の感謝をした事はありますか?と言った関係者は一人も居なかったという事です。もしかしたら、出会えていないだけで居るかも知れませんが、この言葉こそ今患っている方に、人々に必要なのではないでしょうか。

神様を求めるのに境界などありません、一般の人々が普通の暮らしの中に取り入れて、自然に、感謝ができる環境をつくっていいのです。
私達の祖先はそういう生活をしていたのではないでしょうか。

何か感じた方は、神社に行って感謝の祈りをしてみて下さい。

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思ったこと

投稿者:会員 投稿日:2016年 7月10日(日)00時47分25秒 pool-219-41.aitai.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
皆さん、こんにちは。

九代さん、投稿読ませていただきました。
本当に元気になってこられましたね。

九代さんは、身体が段々と不自由になってきてからも、その身体ではやめておいた方がいいのでは?と私が思うところでも、他の会員から「行きますよ」と言われれば、周りに迷惑が掛かるからと迷っていても、最終的にはいつも参加していましたね。その素直な姿には、頭が下がる思いでした。関節リュウマチと言われても、それを悲観するでも、不満をいうでもなく、受け止めているように私には見えました。

2月頃会った九代さんは、げっそり痩せていました。身体に力を入れることが出来ず、歩くこともままならないような状態でした。それが6月には、頬もふっくらし、動きもだいぶスムーズになってきましたね。お医者様も驚く位のようですから、すごい回復なのでしょうね。

神様は手を出さないと言われた、のですよね。本当に何もしてくださらなかったのでしょうか?
私にはそうは思えません。直接ではなくともいろいろヒントとなるようなことを周りから聞かせてくださったようですし、また神様への思いが変わったら、身体に変化が現れてきたということは、神様に祈りが届き変化を頂けた、ということではないのでしょうか?人間が本来持っている自然治癒力もあるのでしょう。でも本来持っていると言っても、そういう能力を持たせてくれているのは、やっぱり神様です。

ひたすら祈る九代さんをかわいく思ってくださったのではないでしょうか。
祈りや思いが通じることがとても重要なのですね。

この先の九代さんの投稿を楽しみにしています。

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与えられた試練

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2016年 7月 6日(水)22時08分21秒 58x5x70x21.ap58.ftth.ucom.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
今回は、私が関節リウマチになった理由は何だったのかと、今日までにいろいろと気付いた事と、過去から現在に至る経験を交えて書いてみようと思います。
かなりの長文ですが、読んでみて下さい。

私が神様を意識するようになったのは、結婚を機に平成5年に某宗教団体に入信した時期からでした。
神様に名前がある事をその団体で知り、人が救われる奇跡がある事も体験談等で聞かされました。また、過去のあの事故で生き残ったのは、ここの団体の方ですよなど、当時は驚くような新鮮な話も聞かされました。

段々と、ああそういう事もあったのかと信じて行き、教義こそ深く学んでいませんが、決まった定例祭にはなるべく出る様にしていました。

そんな中、平成7年3月の朝、当時私は葛飾区に住んでいて仕事場が恵比寿駅付近にありました。
その日は少し寝坊をしてしまい、少し遅れるかなと思いながら途中の乗り換えで、どっちのルートで行こうか迷い、いつもとは違うルートにしました。
会社に到着すると、社員が一斉に私を見て、無事だったのか!と驚いた表情で、出迎えて来ました。

何かあったんですか?
(当時はまだ携帯電話が今ほど普及しておらず、私も持っていなかった)
そうです、その日はみなさんご存知の地下鉄サリン事件が勃発した日だったのです。
私はいつも、都営浅草線で人形町まで行き日比谷線に乗り換えて恵比寿まで行っていたのですが、その日はなぜか違うルートで向かったのです。しかしまさかその日比谷線の恵比寿駅でサリンがまかれるとは、誰も知り得なかった事でしょう。

私は何らかの力が働いて、行くルートを危険な方向から回避されたのかな?と漠然と思う程度でしかありませんでした。

それから何年か過ごし九州に帰郷しました。
平成18年のある日の事、兄が癌だと知らさて、家族総出で某宗教団体の活動を活発化させていきました。
私的には、某宗教団体に居るのだから何とかなるだろうと、思っていました。
しかし検査をする度に数値が悪く、どんどん進行して行きました。
なぜ兄の病気が治らないのか、いえ某宗教団体で奇跡を起こした人達は治せないのだろうかと不信感が出て来ました。
そして、兄夫婦も段々に某宗教団体から足が遠のいていき、ある有名な方が病気などで弱った魂の入れ替えが出来ると聞きつけて、いろいろ人知を尽くしてみたが、やはり思わしくないので、藁にも縋る思いでその方に頼ろうとしていました。
そこで、私からその方に手紙を書いてくれないかと、兄嫁から頼まれて、ネットで調べる事にしました。

すると、その方のHPを探していた筈なのに、違うサイトの衝撃的な文言が目に飛び込んできました。
それは、某宗教団体を中傷する様な言葉で、ここが違っているから駄目なのだ!と、はっきり書かれてあり、私が当時疑問に思って求めていた答えがありました。
私は依頼の事をすっぽかし、違うサイトの代表に当時の現状を匿名でメールしていました。

数日後、返事が来た内容で心を動かされてしまったのは、あなたからメールがある事は、神様から通知が来ていましたので、知っていましたよ。
でした。
それからは、家庭のいろんな状態について質問して、都度回答をもらい、行動するという日々になりました。

私は自分だけが納得して、勝手に始めた活動を少しでも認めて貰いたくて資料や話しを沢山しました。これは、兄の状態をいい方向にする為に必要なのだと、その為には、引き下がる訳にはいかないと、今思うと一人で空回りをしていました。
挙句は、そんな兄から自分がこんな状態だから、弟が変な所に騙されてしまったと回り回って、私の耳に入って来ました。

それを聞いて私はガックリして、自分にはやはり何も出来ないのだろうかとショックを受けました。
それでも何とか食い下がって説得して、一度だけサイトの代表を九州に招き、兄に対面してもらいました。
しかし、兄の病状の回復は無く、平成19年に亡くなりました。

その後、某宗教団体を脱退し、益々サイトの所にのめり込んでしまい、平成24年までサイトとの関係は続きました。

そのサイトの所では、肉体を無くし彷徨っている霊を救う方法があるからと教えられ、霊救いと称した活動や病気になった人に憑いている霊を助けると、病気の人が回復すると教えられ、病気になっている人に係わる霊救いと称した活動や、神を救う方法があるからと教えられ、神救いと称した活動を地方の神社などに出向いて行っていました。
また活動の都度、お金も喜捨と称して随分と貢いでしまい、途中、妻とも別れる寸前までのめり込んでいました。

そんなある日、妻から癌になってしまったと聞かされ、呆然としてしまいました。
サイトの代表からは、大丈夫、大丈夫、あなたなら出来ると言われ、妻に憑いている霊を救おう、救おうと躍起になっていました。
しかし中々上手く出来ずに苦しんでいる時、ある知人から言われた一言で目が覚めました。
それは、私が、霊が救えない、霊が救えないと話していた時に、何を救うんですか!救うのは、奥さんでしょ!!と一喝された事です。
私は、はっと我に返り、何をいったい見ていたのだろうと、妻を見ずに霊の事ばかり見ていて、妻の心の支えなど何一つ出来ていませんでした。

妻もこんな風になってしまった私を見たくないと悲しんでいたのです。
妻との出来事は、雪がとけていくように、私の心を縛っていたものが取れるきっかけになりました。

サイトに居た間、体験した多くの出来事によって、私には何でも出来るくらいの天狗になっていた所がありましたので、辞めた後も、心の後遺症を修復するのに時間を要しました。

その後、当時心の支えになっていた知人から高山の某神社に誘われたので、行く事にしました。
それが、現在の神周士の会の始まりでした。

ただ発足してからも、私自身、神様との接し方というか、崇め方や思いが今一つ分からず、神様に対する質問も興味本位なことばかりで、答えを聞いても意味がさっぱり分からず、その内に御使いの神様のことが恐くなり、もう質問はしばらくやめようと思ってしまいました。

その年の5月に会社の健康診断で、結果がメタボで脂肪肝、血糖値も高い、いろいろな部位で要観察やら再検査必要とありました。
それを見た私は、愕然とし、自分流の運動メニューでまずは痩せないと駄目だと考え、結果が出た次の日から、毎日スクワット100回、腹筋50回、何々50回・・と3ヵ月ほど行いました。

すると、3ヵ月後には大分体重が落ちてきましたが、お腹周りの脂肪が中々取れず苦戦しながらも、ピッチを落としながら運動は1週間に3~4回となり、1週間に1回となり、12月にはもうしなくなっていました。

12月の中旬頃の事です、週末寝ていると両膝から外側に何かが抜けて行く感覚がありました。
あれ?何だろうなと思っていたら、年末正座が出来なくなっていました。
膝を見ると、膝がしらの上がぼっこり腫れていました。

年が明けて1月には、足が強ばった感じがあり、2月には手がじんじんして腫れてきました。
無理な運動の為に一時的になってしまっただけで、湯治で養生していればその内治るだろうと軽く考えていました。

その間にも、Skype集いの会や地方での集いの会が開かれ、参加していましたが、身体が少しずつ変わって来ている事がなぜだか分からず、また深刻に考えもせず過ごしていました。

結局、身体の状態は行く所まで行き、平成27年11月関節リウマチと診断を受けてしまったのです。
この先は、今迄に書いた幾つかの体験談の通りですが、私はこの様な状態にならなければ、自分が行ってきた事からの苦しみや、神様の細やかな大愛、何も気付く事は出来なかったのです。

でも今なら、
私を、地下鉄の事件から御救いになられたのは、神様だったとはっきりと言えます。
某宗教団体では、兄の事では自分が何かしてやろうと、思い違いをしていた事、サイトの活動にしても救うなどと大それた事を言っていたが、どれもこれも全て神様が行われる、神様の領域だった事。

自分で解決できない事に首を突っ込んで、自分が苦しんでいた事。
サイトを離れられたのは、神様が妻をお使いになり、私に気付かせる為に起こった事。
また、関節リウマチと診断されるまでの3年間は、神様の御心・本質を理解させて気付かせる猶予であった事。
これが全てではないかも知れませんが、自分にとってはこれが今の身の丈だと思います。

集いの会で、御使いの神様から私の病状に神々は何もしない、自分でなんとかしろと言われてしまったけれど、私には神様しかすがる宛は無かったから、月初めのお参り、朝晩の御挨拶、集いの会、神の仕事、神様を崇め、奉る気持ち、回復を願う祈り、不自由な部分も多々ありましたが、これらを大切に過ごして来ました。

そうしたら、少しずつ思いが変わって来て、この病気になりたての頃は、なぜ自分がこんな目に遭ってしまったのかとか、自分の姿・動きを見て情けなく、涙が止まらない時もありました。

それがいつしか神様に思いを寄せて祈れば祈るほど、こんな経験は滅多に出来るものじゃない、自分の人生でこんな不自由な身体になっている期間なんてほんの僅かでしかないじゃないかと思い始めました。
それに、私が身を持ってこの体験をさせて頂くのだから、元気になったら世の人々に神様の素晴らしさを伝えられる絶好の機会だと思いました。

そんな事を思い始めたら、少しずつ身体に変化が現れだし、5月末頃から心が晴れて行き、6月には腰が伸びてシャンシャン歩ける時間が増えてきたのです。
神様に対する思いの変化こそが、大きく身体の状態を変えた糸口だったのかも知れません。
自分で言うのもなんですが、あんなに重症だった状態が僅か4ヵ月足らずでこの様な姿になったのですから。

私が苦しんでいたのは、苦しくなるように、苦しくなるように、私が追いやっていたからでした。
今回私が書いた事は、リウマチや病気の人に向けた話しだけではありません、神様に寄せる思い・心を学んで欲しいのです。
ただ手を合わせるだけ、ただ頭を下げるだけでは、上っ面だけの姿であり、手を合わせる前の思いが神様から読まれている事を忘れないで下さい。

先日、神示しを戴きました。

与える者には与え、与えられぬ者には与えられぬ
よいな

これは私だけに向けられたメッセージでは無く、世の人々にも向けられたメッセージだと思います。

多くの方々が、与えられる者になれたらいいなと思い、私の経験と体験を通し心の変化を書かせて頂きました。

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