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益々奥が深いです

投稿者:東輪 投稿日:2015年 9月 9日(水)20時06分24秒 i125-203-150-100.s11.a026.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
九代さん、ありがとうございます。
本当に既存の宗教とはかけ離れた事と感じられますね、只々、祈りをするだけとか、てをかざすだけとか、人間が逆に神様を救うとか色々な宗教が存在するなかで本当に神様につながる救いの世界わ存在しないのですね。
人間の心の寂しさと癒しを求めるために集まりになりつつ有るのでょうかね。
神様の存在を身近に感じられる様になりたいですね、そうすれば争いも、憎しみも、僻み、妬み全てが楽に生きていけますね。

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東輪さんへ

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2015年 9月 8日(火)23時41分20秒 58x5x70x30.ap58.ftth.ucom.ne.jp   通報 返信・引用
神周士の会、九代です。
ご質問に対して、私の方からさせて頂きます。

>色々な考え方、想いがありますね、既存のいろいろな宗教があるなかでも自分の処が一番御利益がありますなんて人集め、お金集めしてますよね。

確かに、そう言う団体は多いですね、しかし、中で活動している方々が何かの気付きが無ければ出られませんし、出たいと思わないかも知れませんね。

> この掲示板ご覧になられてる宗教に入られてる方々のご意見もあればもっと神様の事を語られたらよいですね。

お励まし、ありがとございます。
現在、閲覧数は上がっておりますが、反応が殆どありませんので、どういう方々がお読みになられているのか分かりません。
東輪さんが仰るように、宗教に入られている方々の意見は欲しいところです。

>神社は、神様がいらっしゃる処ですか?

神社にいらっしゃると言うより、社にいらっしゃいます。
全国いろんな所に、神社はありますが、人が集まり崇め奉る人々が居る所の神社には、神様がいらっしゃいます。

>一般の事ですが、人が亡くなればお墓に祀れますよね?亡くなった人の名前の神社がありますけど、御利益」はありますか?

祈る方の思いが、どこにあるかが大切です。
HP内にもありますが、人が亡くなり神格化されたとしても、人には神社で守護する御役はありませんので、祀られている神社の場所を神社名として、何々神社の御祭神へと祈るならば、通じると思います。

それから、御利益についてですが、当会で言う神社と言うのは、神心の構築に必要な場所であり、挨拶するところなので、神社=御利益と言う概念はありません。
詳しくは、HP内に書かれておりますのでお読み下さい。

>神社にお参りに行けば幸せにしてもらえますか?

お参りに行けば幸せにと言う考え方では、御利益を求めて行く事とあまり変わらない気がします。
当会で提唱しているのは、繰り返しになりますが、
神心の構築が出来て、神様と対話まで行かなくも神様が与えられる閃きを受け取り、暮らす生き方が幸せであると考えます。

東輪さん、質問の内容によっては当HPに詳しく掲載しているものもあります。
今一度ご覧になられてください。
また、東輪さんの神様に対するお考えもお聞かせ頂けましたらと嬉しいです。

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奥が深いですね

投稿者:東輪 投稿日:2015年 9月 8日(火)21時44分55秒 i125-203-150-100.s11.a026.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
ありがとうございます。
色々な考え方、想いがありますね、既存のいろいろな宗教があるなかでも自分の処が一番御利益がありますなんて人集め、お金集めしてますよね。
この掲示板ご覧になられてる宗教に入られてる方々のご意見もあればもっと神様の事を語られたらよいですね。
神社は、神様がいらっしゃる処ですか?
一般の事ですが、人が亡くなればお墓に祀れますよね?
亡くなった人の名前の神社がありますけど、御利益」はありますか?
神社にお参りに行けば幸せにしてもらえますか?

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Re:どう考えたら?

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2015年 9月 8日(火)18時33分32秒 p535252-ipngn200907fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
私は、神周士の会の九代と申します。
私からも東輪さんの質問に対して、この会で学んでいる事を交えてお話しさせて頂こうと思います。
質問にあります、人間とは、なぜ生まれてきて死んでいくのですか?からは、愉人さんと同じ意見ですので、最初のところの応答とさせて頂きます。

東輪さんが見つけた記事を要約すると、死ばかりを意識し過ぎると、自分に与えられた本分を見失いますよとなります。
とても深い記事だと思います。

では、死とはいったいどういうものでしょうか。
死ぬとどうなるかについても、明確にこうなると説いている所はありません、仮にあったとしても確かめられないのが現状です。

私の近親者で臨死体験をした方がいらっしゃいますので、少し話をしますと、危篤状態で家族に見守られている時に、本人は大きな川に居たそうです。
見渡すと、ぞろぞろ渡っている人々が居て自分も渡ろうとして歩きだしたら、左の袖下に顔を隠した子供がぴったりくっついて来たそうです。
その子供が、こっちだよと言わんばかりに、方向を教えてくれたそうです。
子供はここまで来れば、もう大丈夫と思ったのかスッと居なくなったそうです。
本人が、そのまま導かれた方向へ歩いて行くと、目が覚めて、見守る家族が行かないでと叫んでいたそうです。
そこが三途の川だったのかどうかは分かりません。

話を戻して、死をどう捉えるのか、まず、死=肉体の死であり、死≠魂(肉体に宿る神)では無いと言うこと。
当会で示しておりますが、魂とは肉体に宿る神であり、神は、言うなれば永遠です。

死と言うのは、肉体の死を指し、肉体に宿る神も一緒に死ぬ訳ではありません。

肉体は、遅かれ早かれいつか死を迎え、滅び朽ちて行きます。
これはどんな動物にも平等に与えられています。
しかし肉体が死んでも、魂(肉体に宿る神)は、生き続けます。
物質世界の個体が無くなるだけで、目に見えない世界での活動が始まるのです。

亡くなった方の中には、活動出来ない方々もいらっしゃる様です。
その方々は残念ながら何をしたら良いか分からず、動けなくなるかも知れません。
肉体が無くなったら、行くところがあって、やらなければならない事がある様です。

それを学べるのは、今のところ神周士の会だけです。

現段階で言える事は、命がある間にやらなければならない事があると言う事。
逆に言うと、肉体がある間にしか出来ない事があるのです。

それは一人一人が目覚め、神と繋がることです。

今の世界は、神から人が離れていて、肉体を失った者も神から離れていると言います。
当会では、一人でも多くの方が、神と繋がる、神心の構築が必要と提唱していますので、今一度HPをお読みになって下さい。
そして最も重要な挨拶を身に付けて一刻も早く、最寄りの神社に行って下さい。

東輪さんも、是非実践して頂き、またその報告をお願い出来ましたら幸いです。

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Re:どう考えたら?

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2015年 9月 8日(火)18時33分32秒 p535252-ipngn200907fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
私は、神周士の会の九代と申します。
私からも東輪さんの質問に対して、この会で学んでいる事を交えてお話しさせて頂こうと思います。
質問にあります、人間とは、なぜ生まれてきて死んでいくのですか?からは、愉人さんと同じ意見ですので、最初のところの応答とさせて頂きます。

東輪さんが見つけた記事を要約すると、死ばかりを意識し過ぎると、自分に与えられた本分を見失いますよとなります。
とても深い記事だと思います。

では、死とはいったいどういうものでしょうか。
死ぬとどうなるかについても、明確にこうなると説いている所はありません、仮にあったとしても確かめられないのが現状です。

私の近親者で臨死体験をした方がいらっしゃいますので、少し話をしますと、危篤状態で家族に見守られている時に、本人は大きな川に居たそうです。
見渡すと、ぞろぞろ渡っている人々が居て自分も渡ろうとして歩きだしたら、左の袖下に顔を隠した子供がぴったりくっついて来たそうです。
その子供が、こっちだよと言わんばかりに、方向を教えてくれたそうです。
子供はここまで来れば、もう大丈夫と思ったのかスッと居なくなったそうです。
本人が、そのまま導かれた方向へ歩いて行くと、目が覚めて、見守る家族が行かないでと叫んでいたそうです。
そこが三途の川だったのかどうかは分かりません。

話を戻して、死をどう捉えるのか、まず、死=肉体の死であり、死≠魂(肉体に宿る神)では無いと言うこと。
当会で示しておりますが、魂とは肉体に宿る神であり、神は、言うなれば永遠です。

死と言うのは、肉体の死を指し、肉体に宿る神も一緒に死ぬ訳ではありません。

肉体は、遅かれ早かれいつか死を迎え、滅び朽ちて行きます。
これはどんな動物にも平等に与えられています。
しかし肉体が死んでも、魂(肉体に宿る神)は、生き続けます。
物質世界の個体が無くなるだけで、目に見えない世界での活動が始まるのです。

亡くなった方の中には、活動出来ない方々もいらっしゃる様です。
その方々は残念ながら何をしたら良いか分からず、動けなくなるかも知れません。
肉体が無くなったら、行くところがあって、やらなければならない事がある様です。

それを学べるのは、今のところ神周士の会だけです。

現段階で言える事は、命がある間にやらなければならない事があると言う事。
逆に言うと、肉体がある間にしか出来ない事があるのです。

それは一人一人が目覚め、神と繋がることです。

今の世界は、神から人が離れていて、肉体を失った者も神から離れていると言います。
当会では、一人でも多くの方が、神と繋がる、神心の構築が必要と提唱していますので、今一度HPをお読みになって下さい。
そして最も重要な挨拶を身に付けて一刻も早く、最寄りの神社に行って下さい。

東輪さんも、是非実践して頂き、またその報告をお願い出来ましたら幸いです。

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Re: 如何なる事を受け止める?

投稿者:神周士の会 愉人 投稿日:2015年 9月 8日(火)09時57分2秒 zaq771914a6.zaq.ne.jp   通報 返信・引用
> No.93[元記事へ]

こんにちは神周士の会(カミアマネシモノノカイ)の愉人です。
又、返信頂きありがとうございます。
質問にお答えいたします。

この地球上に存在する宗教は神様と云われる存在をどんな手立てを使っても証明出来ないんですよね。

これは凄い正論です、逆に神ノ大元ノ大神様が神理を我々にお示し下さっても証明出来ないんです。
今の我々は神々の大元の神様は神ノ大元ノ大神様と信じ、神心の構築をして神様の存在を信じている仲間を集めています。

何故、宗教と言われる組織に依存なされるのでしょうか?

神様は宗教の事を神示の中の一文ですが、こう伝えています。
百年待ったが何が変わった、何も変わっていないと。
新興宗教など、宗教全般を指して言われた事だと思います。
大元の本質の神々は依存も期待もしていないみたいですが、宗教団体とか霊団に関わっている神々は今の世界を人間を導きたいと努力なさっていますが、当の人間が我が強く神々の思い通りには行っていないみたいですね。

人間が寄りあって、心の安らぎとかを感じ、寂しい人々が安らぎ目当ての集まるグループホーム見たいなもの。
宗教団体って、何か行事をやってれば、そこに人が集まって来る、集まって来たら何やかやと、お金を落としてくれるから、成り立って行くのであって、只のレクレーション、その時その時の寂しさをまぎらわすだけの一時的な模様で有って人間の我が優先しているから依存しているように見えるのでは無いのですかね。

奇跡って何?

奇跡の定義は戴いておりませんが人間には出来ない事であるみたいですね。
只、肉体の治癒行為として手かざしをしても良いですかと質問した事が有りました。
その時、使いの神様は何故手かざしをするのかと。
神に祈り、願いが聞き届けられれば、どんな神でも人間の細胞等、生まれ変わらせる事など出来ようぞ、と言われた事がありました。
その後、教訓として持っていますのは奇跡は神が行う事、人間には出来ない事と思っています。

生きてる事が奇跡?

そうですね、人間が生きる為に、どれだけの神々の働き、力が必要か、肉体を持っている人間より活動されている神々の方がどれだけ沢山か神々に生かされている事全ては、奇跡かも知れませんね。

我々がどの様な思いでホームページを開いているのかを、伝えさせて頂きます。

本当に神の存在を信じ神の仕事を任される方々を求めています、質問もお受けしますが、あなたの神様に対する思い接し方などもお教えください。

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如何なる事を受け止める?

投稿者:東輪 投稿日:2015年 9月 7日(月)21時21分36秒 i125-203-150-100.s11.a026.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
ありがとうございます。
この地球上に存在する宗教は神様と云われる存在をどんな手立てを使っても証明出来ないんですよね。
何故、宗教と言われる組織に依存なされるのでしょうか?
奇跡って何?
生きてる事が奇跡?

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Re: どう考えたら?

投稿者:神周士の会 愉人 投稿日:2015年 9月 6日(日)23時46分19秒 zaq771914a6.zaq.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
いつも閲覧頂きありがとうございます。
神周士の会(カミアマネシモノノカイ)の愉人と申します。
私も命より大切なものはないとは考えませんが、人、それぞれで命に匹敵する大切なものが有ると思っています。
私は神ノ大元ノ大神様への神心の構築が一番大切だと考えております、死んでも、肉体を離れても、なお、持ち続け継続して行かなければ、ならないからです。

質問を頂いた事にお答えしなければ、いけないのですが、「人間とは、なぜ生まれてきて死んでいくのですか? 人間の使命とか役割とかあるのですか?」
の答えはどの宗教の創始者も聖者も霊能力者も、神から直接の神示を受けていないのです、各宗教の代表、聖雄聖者の独自の考察から造られた話しか伝わっていません。
私達も神様に質問として何度となく質問させて頂いておりますが、お答えはして戴けません。

これが解れば神様の存在と人間の関係を広く知らしめる活動の原動力に成るのですが、今現在は神様が何を考えておられるか解りません。

次の質問ですが「神様とお話しできる方々が本当にこの世に存在されているのでしょうか?」
存在しているとお答えします、私達、神周士の会(カミアマネシモノノカイ)の会員の中に霊的能力として神様から選ばれて、神ノ大元ノ大神様から連綿と続く本質の神々からのお伝えを戴ける人がおられます、会話では無く、質問事項を思い念じて伝えれば、その質問事項に適した神々、もしくは使いの神々からの答えが有ります、又、神示しとして、時と場所を問わず急に本質の神々からのお伝えを戴く事も有ります。

次の質問ですが「この世は、宗教をなされてる方々は神様とお話しできるのでしようか?」
神様とお話している方もおられるでしょうが相手の神様の位と言いますか、み役のあまり高くない神々と話をしている方が多いみたいですね。
だから宗教をしている方々が本質の神々からどう思われているのかは解りかねますが、今の宗教は本質の神々からは好かれてはいないみたいですね。
神様に対する心の中を神はお読みに成り、重要視されています。

今掲示板に記述されている内容に、今現在に、どれだけ感謝出来るか、感謝する事がどれだけ有るのかを探す事が書かれています、この事柄が大切なものを見つける事に成るのではないのですか?

最後に[人間て、本当に?]
人間は神様の末裔である神が肉体に入っています、中身は神です、肉体を離れてからも神として生き続けますから、肉体が有る時の命と神に戻った時も命が有ると言う考え方が出来ます。
どちらの世界で生活するのが本当の姿なのかは、まだ神示しを戴いておりませんが神の末裔として生きて行くのが本道だと思っております。

解りづらい事柄ですが、私自身も、勉強中、修行途中の者ですので、適切な答えになっておりません事をご容赦下さい。
今後も私たちの活動に関心を持って頂きます事をお願いいたします、ありがとうございました。

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どう考えたら?

投稿者:東輪 投稿日:2015年 9月 6日(日)21時37分14秒 i125-203-150-100.s11.a026.ap.plala.or.jp   通報 返信・引用
今日ある新聞に「命より大切なものはない」とは考えないほうがいい。命が尊いことは確かですが、命が一番大切と考えてしまうと、死はネガティブなもの(命の敵)になり、あるときを境に死におびえて」生きることになります。命よりも大切なものを見つけるために、自分以外のもの、外に関心を向けてください。
そうすれば、あなたに与えられた人生の役割や使命が見えてくるのです。

明日この世を去るとしても今日の花に水をあげなさい

人間とは、なぜ生まれてきて死んでいくのですか?
人間の使命とか役割とかあるのですか?
神様とお話しできる方々が本当にこの世に存在されているのでしょうか?
この世は、宗教をなされてる方々は神様とお話しできるのでしようか?

人間て、本当に?

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体験談ー何があろうとも御守護して頂いています

投稿者:九代 投稿日:2015年 9月 1日(火)20時28分8秒 p189221-ipngn200705fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
先日、7月4日の体験談(http://9324.teacup.com/kamiamanesimono/bbs/86)で記しましたが、お盆の前辺りからでしょうか、徐々に身体の不調がまた出て来まして、朝起きるのもやっとの思いで起き上がり、朝歩くのにも、膝が重くよたよたしながらの歩行になってしまいました。

朝を乗り切れば、午後過ぎからは、身体の動きも通常までとは言いませんが、少し楽でしたので、再検査を受けようかどうか迷っていました。
それが、少し前からの症状で朝方の両肩と腕の痺れで起こされる状態が続いており、寝不足と疲労で仕事にも差し支えがあると感じて、先週初めにもっと詳細な血液再検査を受ける事にしました。

週末ごろ、血液再検査の結果が出ました。
膠原病の疑いがあると言われている数値が、院長も見た事が無い数値で、私もその数値を見るや、単位がちょっとおかしいんじゃないかと思ったくらいです。

また、リウマチの数値は、前回と変わらず陰性だったのですが、炎症の程度を表す数値が、またすごい値になっていて、ネットで調べたところ、私の数値だと寝たきりになっている数値の様でした。

これらの結果と今の私の症状を見て、院長の見立てでは、リウマチの数値は陰性ですが、症状から言うと、ほぼリウマチですよ、が診断結果でした。
またこの炎症の数値から痛み止めの薬を飲まないのは、普通じゃありませんから、リウマチの薬を処方しますので、きちんと飲んで下さいと言われました。

その日の夜から、薬を飲みはじめて、炎症は大分楽になりました。
痛みも段々弱まっています。

と、これで話が終わったら、単なる病状報告になってしまいますので、大事な事はここからです。

今回、タイトルにも付けていますが、何があろうとも御守護して頂いています。と言うのが、院長も驚いていた様に、異常な数値になる状態でありながら、生活に多少支障はあったものの、仕事をして、食事をして、車に乗って、歩く。
これらの動作が許されていた。
普通では考えられない状態、寝たきりであってもおかしくないところ、ちゃんと生活させて頂いていた。

これが、ほんとにささやかな奇跡の連続で、御守護されている。
会員を守って下さっていると言う真実がここにはある。

ここに書いてあるのは、リウマチになったからどうしようとか、膠原病になってしまった大変だとかの話しではないんです。
リウマチになった事よりもむしろ、どう生かされているのか、自分がいかに御守護されているのか、そこに気付くか気付かないかは、大きな隔たりがあるのではないでしょうか。

この事が一番大事なことなのだと、少し遅れて気付かせて頂きました。

また何かありましたら、ご報告させて頂きます。

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