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九州集いの会

投稿者:九代 投稿日:2014年 9月25日(木)18時42分24秒 p2238-ipad02fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用 編集済
今月の22日・23日に開催された九州集いの会のご報告をさせて頂きます。
今回の集いの会は、数週間前に神様のお伝えをされる方より、熊本へ行きましょう中心になる所があるようです!と伝えられました。
お伝えをされる方からは、皆さんで熊本のどこが中心なのか探してくださいと言われ、会員で調べる日々が始まりました。

その内に、中心となる場所は熊本だけに限らず、九州の他県も探して下さいと言われた時には、会員全員大混乱になりました。

と言うのも、今までの集いの会の場合、何時に○○神社へご挨拶に行って、集いの会を何時から開催しましょう、と言う具合でしたから、行き先を決める事から始める集いの会は殆ど無かったからです。

それが今回は、場所決めからのスタート、しかも時間が限られている。
さてさてどうしたものかと、ぐるぐるネットで検索しては、ピンと来ず、他の会員から出た○○神社ですかね?と言う問いに、なぜかどこもピンと来ずに時間ばかり過ぎて行きました。

しかも不思議な事に、会員が検索している間、お伝えの方を含め、神々も沈黙をなされている様な感じだったのです。
まるで、会員を見守りながら、ほらほらそこではない、もっとこっちじゃ、いやいやこっちじゃ、まだ分からぬのか等々、会員に悟られない様に神々も楽しんでいる様に思いました。

結局、行き先不明のまま、時だけが過ぎて行き・・。
九州集いの会に突入していったのです・・・。
行き先が不明なため、待ち合わせ時間はと言うと、早朝6時頃となり、関西方面から来られる方々は、前夜出発し福岡入りが午前4時過ぎと言うハードスケジュールとなりました。

集合時間は、とにかく移動距離を考慮した策でした。
福岡に4名が集合し、いざ熊本へ!
結局いろいろ探したもののどこもピンと来なかったので、最初に伝えられた熊本に絞り探していました。
熊本の候補地は、幾つかピックアップしていましたが、まずは阿蘇にある神社に行き、お伝えを聞いてみる事にしました。

すると、ここではないぞ。
とのお伝え・・・。
やっぱりここではなかったなと、皆は平静を装っていましたが、内心新たなるタイムトライアルに向けて、足は動き出していました。
そこで、道中話した内容を短時間で精査し、とにかく閃きのままに移動を開始しました。

車を走らせる事数十分、小雨混じりの霧深い道を進み、段々と霧が晴れてきました。
そして到着したところは、今まで地元の方からのみ崇められ、大切に祀られてきた阿蘇郡にある川沿いの神社でした。
階段には苔が生し、川のせせらぎの音、せせらぎも心地よくとても落ち着く場所でした。
御参りをして、御使いの神様からのお伝えを伺いました。

すると、よくここを見つけたな。
と御褒めの言葉を頂戴しました。
全員同じように感動し、安堵しました。
本当に良かったです。
早朝集合と言う事もあり、時間に余裕がありましたから、熊本観光をして、福岡に戻り温泉につかって直会をしました。
明くる日福岡でもご褒美を頂きました。
それは、いつも福岡の集いの会を開催していた神社が、実は福岡の中心だったと言う事です。

今回この様な集いの会になりましたが、達成感があり、とても充実した時間を過ごす事が出来ました。
九州の他県についても中心を見つけ、参る様に言われておりますので、これを読まれ、興味がありましたら、是非ご参加ください。
参加申し込みは、掲示板下の管理者へメールをお使いください。

掲示板へのご感想等もお待ちしております。

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~お知らせ~

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2014年 8月 6日(水)20時41分20秒 58x5x70x21.ap58.ftth.ucom.ne.jp   通報 返信・引用
朝夕の挨拶と神社での正しい祈り方の中の感謝の言葉は、全て、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。と統一致します。

先日、Skypeでの集いの会の開始お参り時に、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている各神々様に対して、最後の感謝の言葉を、神(まこと)に、ありがとうございます。
とご挨拶したところ、ご挨拶が終わる前に、御使いの神様がお出ましになられ、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
であろう!と御叱りを受けました。

HPの挨拶方法では、神ノ大元ノ大神様と又、各神々様への挨拶のみ、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
を使用しており、その他の挨拶は、神(まこと)に、ありがとうございます。とだけ申しておりました。

御叱りの理由は、まことに、まことにが、神に、神に、と変化した段階で気付かなければならなかった事です。
神ノ大元ノ大神様と連綿と続いている全ての神々様に対する感謝の言葉でもあった訳です。

どうぞ、最新の挨拶をお使い下さい。

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7月度 集いの会

投稿者:九代 投稿日:2014年 7月30日(水)14時39分26秒 p5148-ipad108fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
7月26、27日は、岐阜県高山にて集いの会が開催されました。
今回の集いは、初日に神社での集いの会に参加させて頂き、二日目は今までに無い新たな動きとなりましたので、ご報告させて頂きます。

初日に開催された集いの会では、主に、御札・バッジ・名刺が完成いたしましたので、御使いの神様に御確認戴き、それぞれの使用が御許し頂けるか否かについて、お伺いいたしました。
御使いの神様は、集いの会に参加なさっている沢山の神々様に、品々を御見せになられ、御確認を頂戴しました。

その結果、まだ十分とは行かないけれど、許可しましょう。
との御言葉を賜りました。

これらの品々については、HPで、それぞれの挿絵をご覧頂いていると思いますが、縁のある方々の元に、実物が届く日もそう遠くない事を実感させて頂いた神社での集いの会でした。


続いて、二日目の新たな動きについてご説明いたします。
この日は朝から、まずは高山にある神社に御挨拶させて頂き、その後に高山に本部を置く宗教団体の施設へと行かせて頂きました。
そこは、崇教真光の世界総本山と言う施設です。

ここを訪れた理由の一つは、そこにいらっしゃる神々に対して、会員が実際に行く事で、御守護なさっている神々を通して、神ノ大元ノ大神様との繋がりを回復させて頂くこと、そしてもう一つは、この宗教が、神々の運営の元に成り立っているものか、どうかを検分することにありました。

しかし、実際に行ってみて感じたのは、重みの無い軽い感覚とでも言いましょうか。
空っぽで、神々の気配が感じられない空間だったことです。
いつからこの様な状態なのかは、分かりませんが、一つ言えるのは、神々の運営は既に無く、人間の運営で成り立っていると言う事でした。

そして、この事例に合致する事が、実はHPのカテゴリー天声雷鳴の神示し2013.04の後書きで記されています。
それは、現在、存在している宗教は神々が最初に降ろしたものとは、違うものになっていると言う事。
違うものになっているから、神々がいらっしゃらなかったのです。
その事を今回、実際に行く事により実感出来ました事は、とても意味のある事だと感じた体験でした。

神ノ大元ノ大神様は、一人一人が目覚める事を御待ちになっていらっしゃいます。

今後も体験談等ありましたら、ご報告させて頂きます。

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集いの会談義

(1) 投稿者:九代 投稿日:2014年 6月20日(金)15時56分48秒 p3001-ipad03fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
集いの会談義では、神社へ赴いて開催される集いの会では無く、主に普段Skype等を使用して、集っている話題を中心に書かせて頂こうと思います。

Skype等の集いの会では、その日談義する内容が予め神々から閃きとして、どなたかに入ってきますので、話しが進んでいくと内容に付随した御使いの神様が、お伝えをされる方を使い、御話しなさる事もあります。
中には、伝えたい事のみを突然申されて、去って行かれる方もいらっしゃいます。ですが、この場合、大抵会員では理解できない内容がほとんどです。
それに参加者は4名ですが、各々に宿る神を含めて様々な神々も集いの会に参加されている様です。
そして、話題の流れによっては、神々の思いを閃めかせて頂き、普段では思いも付かない発想の話しをしている事もあります。

実は、昨夜の集いの会で、素晴らしい言葉を閃かせて頂きましたので、発表させて頂きたいと思いますので、お読みください。

私達人間も、人に宿る神も、あらゆる神々も、生きとし生けるもの全員が、神ノ大元ノ大神様の集いの会の一員です。

これはどなたにも当てはまる法則であり、例外などありません。


いかがでしょうか、心で読んでみて、次に声を出して読んでみてください。
何かを感じた方は、遠慮なくこの掲示板に思いを書いてみてください。

お待ちしております。

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参拝で感じたこと

投稿者:九代 投稿日:2014年 6月 4日(水)20時04分32秒 p3095-ipad01fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
5月に、大元神社と沼名前神社に参拝(挨拶)させて頂き、感じたこと等を書かせて頂こうと思います。

今回広島県で落ち合う話しとなり、落ち合う細かな場所として宮島が出て来ました。
その内に宮島で落ち合った後に、どこかの神社に参拝(挨拶)したいと心に湧いてきました。
宮島近辺で何か心に響く場所が無いか探したところ、大元神社と言う場所が気になりました。

なぜ気になったのかと言いますと、大元と言う響きが非常に気になった訳ですが、神心のカテゴリー内にも何度も出てくる文言です。
しかも御札を作る最終過程で、大元の神様に御取次ぎ戴ける御使いの神様が、お出ましになられた事が何とも心地良く、心に残っていたからだと思います。

今でも思い出しただけで、その心地良さがよみがえる程です。

私たち三人は、宮島フェリーターミナルからわき目もふらず大元神社へ向かいました。
到着するやいなや、やはり背中から全身がぞくぞくする感じが強烈にありました。
愉人さんの挨拶が始まると、さーっと本殿の方向に戻られ、そうかそうかとお聞きになられている様に感じました。
そして挨拶が終わると、スコーンと抜ける様な感覚があったのを記憶しています。

当日、宿泊先では三人で集う事が叶ったのですが、実は私の宿泊先はこの日のお昼過ぎまで決まっていませんでした。
前日に神様のお伝えをされる方と話していましたら、背中を押され、同じ所に宿泊する様にと告げられました。
その話はその時には、気が付かなかったのですが、三人が集うと言う事は、神々も集われる事に繋がるので、集いあう事がとても重要なのだと、沼名前神社の挨拶後に改めて感じました。

前の日、宿泊先に到着する寸前に、車中から沼名前神社→(ここを右)と言う看板を目にしていました。
変わった名前の神社があるなと思っていましたが、次の日に行く事になる事も、全てお見通しで神が仕組まれて、見せて下さっていたのだと気付きました。

それに、宿泊先では宮島で随分と歩き回ったので、足腰を癒すために、無料(実は有料だった)のマッサージ器に1時間以上も使用させて頂けたのも、全て神仕組みであり、ご褒美を戴けた事に気付き、有難い気持ちでいっぱいでした。

いよいよ、沼名前神社が見えてきます。
歩きながら、目に飛び込んで来た瞬間です。

物凄い波動が私の心にドーンと来ました。
それから近づく度に、いろいろな思いが心に湧いてきました。
悲しい思いや怒り、とにかく様々です。
私も悲しい怒りには涙があふれてしまいました。
きっとあの涙は、私の中に宿る神様の涙だったのでしょう。

拝殿近くまで行くと左の奥(本殿側)がとても気になります。
愉人さんの挨拶が終わると、左の奥へと足を運びました。
そこには本殿への外からの出入口が横と真後ろに設けられていると言う、あまり見た事がない形式でした。

それを見ながら心を静かにすると、心の波が静まり、気持が晴れ晴れとしてきました。
御祭神の神々も喜んで下さっているのだと感じました。

今回の5月の集いでは、何か開く事が起こり、変化がある様な気がしていましたが、神の世界で何かが開き、変化があったのかも知れません。
お伝えできる日が来ましたら、またお知らせしたいと思います。

数々の体験、神に、神にありがとうございます。

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参拝体験談

投稿者:愉人 投稿日:2014年 6月 1日(日)19時05分35秒 zaq7d04e9e4.zaq.ne.jp   通報 返信・引用
今回は、5月24日25日に、安芸宮島にある大元(おおもと)神社と鞆の浦にある沼名前(ぬなくま)神社に参拝(挨拶)した時の体験談です。

集いの会の時に、御札・バッチの受け渡しの話が出ました。九代さんと安芸宮島で落ち合う約束が出来ましたので、現地の神々に挨拶をするのに都合の良い神社はどこなのかと質問したところ、大元(おおもと)神社とのこと。
私は、大元と聞いて了承、安芸宮島大元(おおもと)神社に挨拶に行く事に決定しました。

車で山陽自動車道を宮島まで走り、参拝後、福山東まで戻り、鞆の浦のホテルで一泊の予定で24日朝、会員さんと2人で神戸を出発しました。
今回も色々な事を体験させて頂けるのだろう、と期待を持って車を走らせました。
出発して2時間以上経ったので休憩を取ろう、とナビを見たところ、福山サービスエリアが目に止まり、入りました。
休憩を取り、安全確認をして、バックで駐車場を出ようと動いた瞬間、隣の車と接触しました。
ほぼ同時に動き出したのです。
びっくりして車を停車させ、相手の方と事故処理の相談をして、再度出発しました。
事故自体はバンパーがこすれて双方ともキズが付く程度の軽いものでしたが、警察を呼んで事故証明をもらうまでに時間を要したので、1時間の遅刻をしました。
今回の事故は自分自身の罪穢でとか禊的な解消では無く、何かに操られて起こされたように感じました。

後から、神様のお伝えをされる方に事故の話をしましたら、「なぜ福山に停まったのですか、私は絶対に停まりません。」と言われました。
「その理由は、福山の土地は四国へ行く道と中国地方に行く道の分かれ道なのです。
だから、邪魔をする神、引っ張る神もいるから寄らないのです。」と。
私としては、もっと前に言って欲しかったのにと思いましたが、今回の事故の規模等から、私に気付いて欲しい、こちらに来て欲しい、そちらに行かせん、などの神々のやり取りに巻き込まれたのが事故という現象に、なったのだろう、神ノ大元ノ大神様は、私の閃きが悪いので物質現象を起こし、気付かせてくださったのだろう、と思いました。

その後、無事に宮島港に着き、宮島に渡り大元神社に挨拶に参りました。
道中、話が盛り上がり、大元神社の神様は願いを叶えてくれる神様ですという話になり、私は調子に乗って経済状況の改善を願おう等と物質的思いが先行しておりました。

が大元神社に着き、いざ、お参りに述べた言葉はこれでした。
二拝・二拍手・一拝(深々と頭を下げたままで)

神ノ大元ノ大神様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
神ノ大元ノ大神様、又、各神々様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。
本日は宮島大元神社に参拝に来させて頂きました。
何卒、大元神社の御祭神の皆様に、ご挨拶をさせて頂けますよう、お願い申し上げます。

一拝

二拝・二拍手・一拝(深々と頭を下げたままで)

神ノ大元ノ大神様より連綿と続いている、大元神社の御祭神の皆様、私たち、カミアマネシモノの会3名は、本日はご挨拶に参上させて頂きました。
私達は、神ノ大元ノ大神様の御名を広める活動をしております。
何卒、大元神社の御祭神の皆様、神ノ大元ノ大神様を盛り立てて行かれます事をお願い、又、期待しております。
又、この地に広島の地に新しき、カミアマネシモノの会会員が誕生する事をお願いいたします。

一拝
と結局、自分の雑念等一切排除され、神の仕事を監督する神々に使われた結果になりました。
他の方も、あの状況ではあの言葉しか言えないでしょうと、仕組まれた事を実感していました。

無事に参拝を終えてから、鞆の浦のホテルに行きました。
食事をし、風呂に入り、懇親会の時間待ちをしていたら、電話が掛って来ました。
そう、神様のお伝えをされる方からです。事故の話をしてから、急に地元の神々にもご挨拶をよろしくと言われました。
どこに行けば良いのかと尋ねたら、近くにあるでしょう、と言われました。
電話を切りホテルの関係者に聞きますと、有名な神社が有りますと言われ、沼名前(ぬなくま)神社を教えて頂きました。
明朝に参拝する事にし、懇親会を終えて就寝しました。

翌日、朝食を取った後、沼名前(ぬなくま)神社に向かいました。20分ほど歩くと、参道にたどり着きました。
最初の鳥居をくぐると、山の中腹に浮かんでいるが如くの沼名前(ぬなくま)神社が目に飛び込んできました。

その瞬間から拝殿に行くまでの間、終始背中にぞくぞく感と何方かが、何かを伝えようと心に話しかけられている様な感覚があり、見惚れながら参道を歩き神社に近付きました。
境内に入った所では朝市が開催され沢山の人がいましたが、階段を上った参拝場所では人がまばらでした。

賽銭箱の前でお参りをした後で神様のお伝えをされる方に電話をしましたら、今一度挨拶をしなさい、本殿の近い場所から行いなさい、鞆の浦だけではなく広島・岡山の神々も集まられて居ます、早く、皆さまお待ちですよと、言われました。

それで今一度3名揃って本殿の真裏に行き、お参りをさせて頂きました。途中に地元の方々が本殿裏に多数来られたのですが、私は何一つ悪びれた気も無く堂々と、地元の方々に祈りの内容を聞けと言わんばかりに、淡々と述べさせて頂きました。
また地元の方々も祈りが終わるまで、静かに待っていて下さいました。
まるで神々が仕組んで、我々の祈る姿を見せる為に再度お参りさせたかのようでした。

祈りの内容は大元神社と同じですが、今回も感じたのは祈りの体制に入れば自分自身の思いが神々の思いに繋がって自然と言葉に出るということです。

まだまだ至らぬ者ゆえ、色々な事柄、仕組みでお教え下さって戴いております事に感謝いたします。
神に神にありがとうございます。

沼名前(ぬなくま)神社参道より撮影

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~カテゴリー名変更のお知らせ~

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2014年 5月20日(火)19時09分49秒 p4018-ipad109fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
カテゴリーの神心神紋を、神心に変更しました。
御札の解説を追加掲載しましたので、内容が神紋だけではなくなったからです。
新しくなった神心のカテゴリーを、是非お読みください。

疑問等ありましたら、こちらの掲示板へお書きください。

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~お知らせ~

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2014年 5月13日(火)18時21分12秒 p1170-ipad103fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
先日、トップページの祈り文を変更致しました。

変更前は、神の大元の大神様、神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。でした。

変更後は、神ノ大元ノ大神様、全てを戴いております。神(まこと)に、神(まこと)に、ありがとうございます。です。

まず、神の大元の大神様と言う呼び名が、神ノ大元ノ大神様と言う表記になった理由からご説明しますと、神ノ大元ノ大神とは、神の世界・大元の世界・大神の世界・人間(人に宿る神)の世界を表す言葉であると2月の神示しで、御示し戴きました。

【神心神紋のカテゴリーも参照下さい】また、それぞれの世界の間にある、のをノに替えましたのは、大元の世界も大神の世界も神の世界に元返ると言う意味を表しているので、のをノに変換しました。

ノの字を書く時、その先は大きな弧を描いて戻って来ます。それが円であり、縁に通じる訳です。

ですから、神ノ大元ノ大神と言う言葉は、全ての世界を表す言葉であり、同時に、神ノ大元ノ大神様とは、全ての頂点を表した呼び名でもあるのです。

私達人間は、神ノ大元ノ大神様から全てを戴き、生かされている事をより強く思い、表現する為に、感謝の言葉として、全てを戴いております。と加え、変更致しました。

この様な意味が含まれている事を踏まえ、以前の祈りを試した方も、新しい祈りを是非行ってみて下さい。

5/ 6(Tue) 12:14[63]

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【神の書】2

投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2014年 5月13日(火)18時19分13秒 p1170-ipad103fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
新しく追加した神紋のカテゴリー名を神心神紋としておりますが、この神心(しんしん)について、どの様な意味なのか書いてみたいと思います。

神心とは、読んで字のごとく、神の心、と言う意味ですが、単に、神の心、というだけでは、いったいどの様な心なのか、我々人間には到底分かる筈がありません。

心(こころ)と言う文字に隠された本当の意味を解かなければ、違った意味にとられてしまいます。

まず心とは、しんと読み、神(しん)にも通じ、人間の心(しん)にも通じます。
人間の心とは、いわゆる魂に通じます。
ただし魂と言うのは、今までは生き物の中に存在するものと言う認識で、魂そのものが何であるのか、どの様な作用が働いているのか、誰にも分かりませんでした。

魂と呼ばれていたものは、実は神(しん)から分けられた神(かみ)の事だったのです。

分かり易く言うと、それぞれの人に宿る神(かみ)がいらっしゃると言う事です。
この様に考えると、我々人間は、神ノ大元ノ大神様から連綿と続いている存在なのだと認識できるでしょう。

よって、神心とは、人に宿る神(心)から、神(しん)に繋がると言う意味となり、神心神紋とは、神(しん)に繋がる世界の神紋であるとなります。

心、一文字で、ここまで深い意味があったのです。

【神の書】1、で示した言葉に置き換えれば、神(まこと)に繋がる世界の、神(まこと)の紋であるとなりますから奥が深いですね。

それから、文中の神と言う読み方を(しん)と(かみ)に分けているのは、神(しん)の世界と神(かみ)の世界とが存在するからです。
神(しん)の世界とは、神ノ大元ノ大神の世界を言い、神(かみ)の世界とは、大元ノ世界、大神ノ世界、人に宿る神(かみ)の世界を言います。
しかし、これらの世界の事は、存在について御示し戴いただけであり、入り口の名前を聞いたに過ぎません。

この先、詳細について御許し戴ける機会がありましたら、お知らせしたいと思います。

4/ 8(Tue) 12:27[62]

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~お知らせ~

~お知らせ~ 投稿者:神周士の会 九代 投稿日:2014年 5月13日(火)18時16分36秒 p1170-ipad103fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp   通報 返信・引用
昨日、新しいカテゴリーを追加しました。2月に掲載予告をしておりました、カミアマネシモノの会の神様の紋、神心神紋というカテゴリー名で詳細を解説しておりますので、どうぞそちらをご覧ください。

また、お読みになって疑問点等ございましたら、こちらのメッセージボードへお書きください。

4/ 6(Sun) 13:44[61]

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