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スレッドNo.100

論語でジャーナル’25

3,曽子、疾(やまい)あり。門弟子を召して曰く、予(わ)が足を啓(ひら)け、予が手を啓け。詩に云(いわ)く、戦戦兢兢として深淵に臨むがごとく、薄氷を履(ふ)むがごとしと。而今(いま)よりしてのち、吾免るることを知るかな、小子よ。

 曽先生が病気で重体に陥られたので、門人たちを呼び集めて言われた。「夜着をのけて私の足を出しておくれ。私の手も出して、そしてしっかり見ておくれ。おずおずと、またおそるおそると底知れぬ淵をのぞむように、ごく薄い氷の上を渡るようにと、この「詩経」の言葉のように、父母に生んでいただいた身体を大切に注意深く守ってきたが、これから先はその心配もなくなる、若者たちよ。

※浩→曽子すなわち曽参は、孔子より46歳若かった。その曽参の臨終のときの記録です。臨終に際して、弟子たちに手足を見てもらっています。これは何のためでしょうか?『論語』よりもあとに編纂された『孝経』の、「身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」とあるのと関連しています。『孝経』は、孔子と曽子の対話の形で書かれています。死によって肉体を離れた魂は、再び肉体に戻ってきて復活できると信じられていて、埋葬して大切に保存されました。もしも身体が毀傷されていると再生が困難になるので、曽子は足と手を弟子たちにその無事を見せて、親孝行ぶりを示したのでしょう。
 最近、タトゥー(入れ墨)を入れている人をよく見かけますが、時代劇などを見ていると、「親からもらった大切な体に彫り物なんか入れやがって」という台詞があったりしました。江戸北町奉行・遠山金四郎は桜の入れ墨でした。当時は武士が彫り物を入れるのはまったくの例外だったのでしょうが、お白州での決め台詞はかっこよかったです。「あの晩、見事に咲いた金さんのお目付け桜夜桜を、まさかおのれら! 見忘れたとは、言わせねえぞ!!」と。テレビでは、たくさんの俳優さんが演じていました。松方弘樹、高橋英樹、杉良太郎、西郷輝彦、中村梅之助、市川段四郎など…。東映映画では、何と言っても御大・片岡千恵蔵が圧巻でした。小中学校時代に、映画館でリアルタイムにほとんど見ていました。最近はCSで録画したものを何本か持っています。「たつまき奉行」「火の玉奉行」「サイコロ奉行」などがあります。今見ても、結構楽しめます。完ぺきな「勧善懲悪」で、安心して見られます。戦前は知りませんが、戦後の日本の一般社会では、入れ墨は歓迎されなくて、例えば、サウナには入場禁止だったり、西大寺の会陽(えよう)でも禁止です。子どものころ、銭湯では見かけたことがありますが、どんどん市民の目には触れなくなっていました。外国人のスポーツ選手にはよく見かけます。日本での試合では、ユニフォームなどで隠すように、最近まで規制されていたようですが、徐々に緩和されているのでしょうか。
 「論語」では、“親孝行”は最大の美徳ですから、親からもらった身体を大切にするのは必然のことです。そういえば、「孝悌はそれ仁の本たるか」とありました。孝=子が親をうやまう、悌=弟が兄をうやまう、で、「仁」という愛は博愛ではなくて、まずは親子、兄弟から始めて、徐々に拡大していくものです。昨今の、家庭崩壊などへの対策として、「論語」が役に立たちそうに思います。貴重な文化遺産です。

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