論語でジャーナル’25
8,子曰く、詩に興(おこ)り、礼に立ち、楽(がく)に成る。
道徳的興奮の出発点となるのは「詩経」である。なんとなればそれは、正しい感情の高揚であるから。次に教養の骨格を定立するのは、礼を学ぶことである。なんとなればそれは、人間の秩序の法則であるから。最後に、教養の完成は、音楽を学ぶことである。なんとなればそれは、感情を法則によって整理し、人間性の包括的な表現であるから。
※浩→人間の教養の順序を簡潔に示している有名な一条です。ここは短くて記憶しやすいです。
孔子の教育の特徴の1つは、詩と音楽の尊重でした。ずっと前に登場した「為政篇」に「詩三百、一言以てこれを蔽(おお)えば、曰く、思い邪(よこしま)なし」とありました。「詩経」には実際は300以上の詩が収められているそうですが、孔子は端数を切り捨てて「三百」と言っています。それらの内容はさまざまですが、一言で表すとすれば、孔子から150年ほど前の、魯の君主をたたえた「思い、邪なし」、つまり“感情の純粋さ”だそうです。詩のほかの「礼」と「楽」については、他のところでもたびたび触れましたから、ここは「詩」に絞って、ジャーナルします。
私が「詩」に初めて感動を覚えたのは、高校1年生での「漢文」の授業です。当時の「国語」の授業は「現代国語」と「古文」と「漢文」が独立していて、担当の先生もそれぞれで違う方でした。「現代国語」は浦田先生、「古文」は1年生のときは金平(かねひら)先生で、2年生から村井先生になりました。「漢文」は大月邦彦先生で担任でもありました。金平先生は、教室内を歩きながら、動詞や助動詞の活用を説明されているかと思うと、突然、生徒の頭をポンと軽く叩いて、「はい、言いなさい」と指名するのがお得意でした。「“べし”の用法は、推量~意志~可能~当然~命令」と、手でダイヤルを回すような手つきをしながら、繰り返し繰り返し教えてくださいました。おかげで今でも復唱できます。もう1つ忘れられないのは、「“めり”は平安時代の女性専用語で、オマエラごときニキビオノコの使う言葉ではない。“雨降るめり”と言えば、“あら、雨がふっているようですわ”という意味です」という解説です。「漢文」では、漢字だけが並んでいて句読点などがないのを“白文”と言い、句読点をつけて日本語のように文字順を変えたものを“書き下し文”と言うことを習いました。そのとき、日本の技術の凄さに感動しました。お経のような漢字だけの文を、書き下し文にすると、古文のように日本語で読めて、意味も概ね理解できます。散文では「十八史略」や「史記」などがありました。漢詩は、「五言絶句」とか「七言絶句」とかを習いました。最初に習った五言絶句は、確か「静夜思」と「春暁」でした。
静夜思(李白)
牀前看月光(しょうぜん げっこうをみる)
疑是地上霜(うたごうらくは これちじょうのしもかと)
挙頭望山月(こうべをあげて さんげつをのぞみ)
低頭思故郷(こうべをたれて こきょうをおもう)
寝台の前、月光を見る。まるでそれは地上におりた霜かと思われた。頭をあげて遠くの山にかかる月をみていると、自然に故郷のことが思い出され頭をうなだれるのだった。
春暁(孟浩然)
春眠不覚暁 春眠(しゅんみん) 暁(あかつき)を覚えず(おぼえず)、
処処聞啼鳥 処処啼鳥(しょしょていちょう)を聞く、
夜来風雨声 夜来風雨(やらいふうう)の声(こえ)、
花落知多少 花(はな)落つること(おつること)知る(しる)多少(たしょう)。
春の眠りは心地がよく、夜が明けるのも気づかないほどです。
あちらこちらから鳥のさえずりが聞こえてきます。
そういえば昨夜は風雨の音がしていたな。
いったいどれほどの花が散ったことでしょうか。
他に次々と、当時覚えた漢詩を思い出します。(つづく)