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スレッドNo.113

論語でジャーナル’25

13,子曰く、篤(あつ)く信じて学を好み、死に至るまで守りて道を善くす。危邦(きほう)には入らず、乱邦(らんぽう)には居らず。天下道あるときは則ち見(あら)われ、道なきときは則ち隠る。邦(くに)に道あるとき、貧しく且(か)つ賎(いや)しきは恥なり。邦に道なきとき、富み且つ貴きは恥なり。

 先生が言われた。「固い信念を持って学問を愛し、死に至るまで守り続けて道をほめたたえる。(そうした信念と覚悟を持ちながら、身を持することには慎重に)危険の徴候のある国には足を踏み入れない。また無秩序な国に万一入ったときは、そこに留まっていなくて、そこを立ち去る。天下に道徳があるときには、世の中の表に立って活動するが、道徳がない乱世には、隠れて表面に立たない(それが紳士の心得である)。道徳が行われる国において、貧乏で無名の生活を送るのは不名誉なことであり、道徳が行われていない国において、財産を持ち高位にいるのは不名誉なことである。

※浩→解釈の分かれる部分があるのを、吉川先生と貝塚先生の解釈をミックスしてまとめてみました。
 固い信念を持って学問を愛し、死に至るまでその道をたたえ続ける、というのが孔子の基本的な生き方でしたが、現実にはどういう心がけが必要か。孔子は魯の国を亡命して諸国を流浪し、厳しい試練を受け、生命の危機にもさらされました。この経験を踏まえて弟子に注意を与えています。実際、いくつかの国で内乱に巻き込まれて大変迷惑を被ったから、こんな国には近寄らないほうがいい。政治がよく行われている国では、活動しないで下積みの生活をするのは恥で、乱れた国で富み高位にいるのも恥である、と述べています。
 孔子は高邁な理想を掲げ、その実践に努めながらも、状況に応じた選択することが大切だ、と説いているように読めます。私も臆病なほうで、「天下道あるときは則ち見(あら)われ、道なきときは則ち隠る」というフレーズが腑に落ちます。「乱世には隠れて、治世には現れる」というのは、一見ずるいようにも思えますが、よくよく考えると、これが本当の「勇気ある選択」のように思えます。アリストテレスも、「勇気」は暴勇と臆病の中庸だと説きました。また、乱世にいて富んで高位にいては、転落の危険も大でしょうし、また美しい人生とは言えません。治世で隠遁生活をしていては、自分の才能を活かせず、世の中のために貢献もしていなくて、無意味な人生になりそうです。
 アドラー心理学でも「勇気」は重視されます。代表的な技法に「勇気づけ」というのがあります。育児も教育も治療も、そのキーポイントは「勇気づけ」です。われらが偉大なお師匠様・野田先生は「勇気づけの歌」を作られました。私もこれを暗唱して、日常のさまざまな局面で思い出しては実践するようにしています。この歌は、「大人が子どもを勇気づける」という設定ですので、私はこれをもとにして、「子ども目線の勇気づけの歌」を作ってみました。ほとんど野田先生のパクリです。28番までありますが、一部を紹介します。

人はひとりで生きてはいけない
社会があってはじめて生きる
人の行為の目的は
社会に所属できるため

人に役立ち所属する道
人の邪魔して所属する道
どちらの道も選べるが
勇気があれば役に立つ道

所属の方法二つあり
構えによって違ってくるが
競合的なら賞罰使い
協力的なら勇気づけ

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