論語でジャーナル’25
15,子曰く、師摯(しし)の始め、関雎(かんしょ)の乱(おわ)りは、洋洋乎として耳に盈(み)てる哉(かな)。
先生が言われた。「楽師長の摯さんの、冒頭の朗唱から、関雎の終章の合唱に至るまで、楽音は広々と耳にいっぱいになる。まったく素晴らしい」。
浩→「師」は楽団の長官のことで、「摯」は名音楽家の名です。「関雎」は「詩経・国風篇」の最初の詞です。「関雎の乱」は「関雎」の楽曲のうち最後の楽章です。周の詩の音楽は、堂上の楽人の絃の伴奏をともなった歌唱に始まり、管楽がこれに加わり、最後に鐘などの打楽器が参加して大合奏によって終結しました。これが朗々と響き渡るのを聞いたときの、孔子の感激の言葉のようです。
それにしても難解な一条ですが、今イメージできるのは、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」です。これはベートーヴェンの最後の交響曲です。ベートーヴェン自身はタイトルをつけなかったそうですが、通称として「合唱」や「合唱付き」が付されることも多いです。日本では略称として「第九」(だいく)とも呼ばれて、この演奏会は年末の風物詩となっています。第4楽章は独唱および合唱を伴って演奏され、歌詞にはシラーの詩『歓喜に寄す』が用いられ、『歓喜の歌』としても親しまれています。原曲の歌詞はドイツ語でしたが、世界中の多くの言語に翻訳されていて、その歌詞で歌われることもあるそうですが、これはやはりドイツ語のほうがいいです。わが家にはカラヤン指揮のこの曲のCDはありますが、最近はほとんどかけたことがありません。やはりこの大曲を聴くには年末など大きな区切りの時が好都合なのでしょうか。落ち着いてじっくり聴きたい曲としては、シューベルトの歌曲集「冬の旅」があります。これはバリトンの名歌手ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウのCDがあります。ジェラルド・ムーアのピアノ伴奏という黄金コンビの一品です。第一曲「おやすみ」を歌い、荒涼とした冬の旅に出かけます。シリーズ中最も有名なのは第五曲「菩提樹」です。慰めと憩いを約束してくれる菩提寺の葉のそよぎにも耳をふさぎ、突風に帽子を飛ばされても振り返りもせず、ひたすら遠く離れていく。絶望の中にもひとときの安らぎを覚えたり、また野宿してめざめたら、霜で髪が真っ白になっていて、一夜で白髪の老人になったかと喜んだり、軽やかな郵便馬車の音に、もしや恋人からの手紙ではと胸を踊らせたり、…「辻音楽師」で、孤独な辻音楽師の姿に、自分と淋しい運命をともにしうる真の伴侶を見出して、同行を求める終曲で幕を閉じます。スピリチュアルな展開になったようです。