論語でジャーナル’25
21,子曰く、禹(う)は吾(われ)間然(かんぜん)すべきなし。飲食菲(うす)くして孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして美を黻冕(ふつべん)に致し、宮室を卑(ひく)くして力を溝洫(こうきょく)に尽くす、禹は吾間然すべきなし。
先生が言われた。「禹の君には、自分はまったく非難を加える余地がない。自身の飲食を切り詰めて神さまに供物をあげ、自身の衣服を質素にして祭服の前垂れと冠を立派にされ、自身の住居を粗末にして、全力を治水に尽くされた。禹の君には、自分は非難を加える余地はまったくないのだ」。
※浩→「菲(うす)く」「黻冕(ふつべん)」「溝洫(こうきょく)」と、難しい漢字が続きます。これまでは、禹を舜と並べて讃えていましたが、「泰伯篇」結びのこの一条では、もっぱら禹に対する賛美が述べられています。禹は治水で大きな成果を上げて、舜から帝位を譲られ夏(か)王朝を始めました。その禹は、衣食住の私生活は慎み質素にして、公的な面を豪華にしました。
間然の「間」はスキを見つけて非難すること。国会で今の野党のやっているのはこれのようです。大事な法案審議よりも、政府与党の揚げ足とりに終始しています。政府与党に問題がないわけではありませんが、その失錯を責めることのみに終始しているように思われて、とても残念です。Yahooのニュースにも、「国会はまるで子どもの喧嘩のよう」とありました。言葉の使い方を誤っている議員もいます。以前、安倍政権時代に、立憲民主党の辻○議員が、「桜を見る会」に関して、「ホテルの説明と先ほどの総理の説明はマッコウカラ違っている」と言っていました。「真っ向から」のあとには、「対立している」とか「否定する」とかだとつながりますが、「真っ向から違っている」とは言わないでしょう。ところで、「鬼神」の「鬼」は先祖の魂その他人間がなった神で、「神」は天の神その他人間以外の神のことです。「黻冕」は祭服の膝の前に垂らす「前垂れ」と冠で、「宮室」は宮殿でなく住居のことです。「溝洫」は田圃のまわりの排水路です。
「禹は吾間然すべきなし」をまた最後に繰り返していることから、孔子は禹と同時代人として参加できないのがよほど悔しかったのでしょう。
私自身に関して言えば、「衣」は、在職中はスーツをほぼ毎日替えていました。これは贅沢ではなくて、母親から、「1着を毎日着るよりも、2,3着を毎日着替えるほうが、かえってそれぞれの服が長持ちする」と教えられたことを守っていたのです。「食」は筋トレをしている関係もあって、高タンパク低脂肪の食事をずっと維持しています。「住」は現在は持ち家に住んでいますが、本籍地を離れた大学生時代以後は、転勤がありますからずっと借家(アパート)住まいでした。治水からの連想では、1976年の水害を思い出します。当時勤務していた備前高校(現・備前緑陽高校)で、ボート部の柿本研三君は春の「朝日レガッタ」に優勝し、続いて「中国大会」、石川県での「インターハイ」に優勝し、残る佐賀国体に備えて練習していましたが、台風が南九州沖に3日くらい停滞して、そのために岡山県にも大雨が続きました。当時、私は西大寺駅近くの用水のそばの借家に住んでいました。その用水の水が徐々に溢れてきます。どっと溢れるのではなく、一寸刻みにちょろちょろ増えてくるので不気味でした。そこでまず上流の水門を閉めたところ、そこより上(かみ)の住宅が浸水し、今度は下流の水門を開けて下(しも)へ流したら、下が浸水しました。わが家のあたりだけ免れて申し訳ないからと、地区で募金をして被災地区に「お見舞い金」を出しました。徐々に水位があがるので、大事なものを初めはタンスの上などに移動させていましたが、必要なものすべてを移動できませんから、最優先するものを考えに考えて、「預貯金通帳」と「スーツ」だけ高いところへ移動しました。書籍やその他のものは、もし被災しても補えますが、スーツがダメになると、毎日の出勤に差し障ると考えたのでした。結局、被害を受けることなく、水は引いてくれました。柿本君は国体出発前に、自宅が浸水するなどの被害があったりして、コンディションの最終調整がうまくいかず、国体での入賞・優勝は逃してしまいました。それでも、その年の「岡山県スポーツ大賞」をいただけて、監督の私まで「指導者賞」をいただけました。今は昔のお話です。(「泰伯編」完)