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スレッドNo.130

論語でジャーナル’25

9,子曰く、鳳鳥(ほうちょう)至らず、河、図(と)を出さず。吾已(や)んぬるかな。

 先生が言われた。「吉兆の鳳凰の鳥は舞い降りてこない。黄河から誰も神秘の図書を背負って出てこない。私の運命もこれでおしまいだ」。

※浩→鳳凰は鳥類の王として空想された美麗な羽の大鳥で、聖なる天子がこの世に現れて理想の政治をするとき、やって来る。そんな聖天子が現れると、黄河から、すぐれた法則を図で示した文書が浮かび出る。そういう伝説があったそうです。
 ところが、自分は70歳を過ぎたというのに、鳳凰は飛んでこないし、黄河からは何も出てこない。もう絶望だ。
 聖人としてあがめられる孔子、しかも、「怪力乱神を語らず」の孔子が、まさかの“絶望名言”です。自身の人格形成の歩みとしては、「七十にして心の欲するところに従いて矩をこえず」と、70歳になると欲望のままに動いても人間の法則を犯さないところまで完成されていたはずです。「絶望」に関する解釈は2つあるそうで、1つは、自分自身が帝王の地位を得て理想の世界を実現することを期待していたが、そういう天命はなかったこと。もう1つは、理想の帝王が孔子の時代についに現れなかったこと。前者は、学者である孔子なのに「まさか」とも思われますが、あの時代ですからあっても当然だと、吉川幸次郎先生は述べられています。古代ギリシャのプラトンも“哲人政治”といって、哲学者が王になって政治をするか、政治家が哲学者になって政治をするのを理想としましたが、そういう理想の王は現れることはなくて、アテネ郊外に「アカデメイア」という学園を開いて、もっぱら教育に専念したことは有名です。孔子もそうだと思っていましたが、やはり野心はあったのでしょう。
 野田俊作先生がもしも文部科学大臣になられたら、全国の学校がアドラー心理学で運営されるようになって、理想の教育が実現すると、私などは安易に空想していましたが、それはありえませんでした。それなら、弟子・生徒であるわれわれが文科省とか県の教育委員会とかに入って改革をすればいいのですが、今生では間に合いません。わが県では、私がまだ在職中、某・中学校の養護教諭さんが県の指導主事になられました。私は、この方が勤務される中学校の職員研修に二度呼んでいただきました。この方は、指導主事任期途中で、ご自分には向いていないと、現場へ戻られました。それでも任期中には私にお仕事が回ってきました。全県の中学校養護教諭研修会での講演を何度か依頼されました。カウンセリングに関しては、県の教育センターに知人がいて、その方の推薦で、2年間「非常勤相談員」になりました。当時、ロジャース派の殿堂のような「教育センター」の相談室で、私1人がアドラー心理学でカウンセリングをしていました。それでも、こちらの期待どおりにはお客様が集まらなくて、絶望することもありしたが、孔子様ほでではありません。ありがたいことです。

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