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スレッドNo.144

論語でジャーナル’25

23,子曰く、後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者の今に如(し)かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆることなきは、これまた畏るるに足らざるのみなり。

 先生が言われた。「若い人は恐るべきだ。これから出てくる人が現在の自分たちほどになれないと誰が言えようか。40歳、50歳になって、世間に少しも知られないようでは、これはまた恐れる(畏敬する)に足りない(値しない)。

※浩→孔子が、人間は常に進歩の過程にあると信じていたことを示しています。「後生」は“後に生まれた者”つまり、後輩・青年のこと。「先生」はこれの対比だとよくわかります。日本で「先生」はteacherのことですが、中国では、先生は「男性を呼ぶときの“さん”」で、teacherの意味の先生は「老師 lao3shi1」です。
 古い解釈では、「青年」は具体的に顔回を指しているとしていますが、そうする必然性はないと言われています。
 魯に帰った晩年の孔子が、周囲の40歳以上も年少の、子游・子夏・子張・曽子などに対して言った言葉でしょう。彼らはたいてい20歳代で、まさに「後生」です。「40,50になるまでしっかり学びなさい」と諭したのだと考えると、すっきりします。朱熹の「偶成」に「少年老いやすく、学なり難し」とあります。詳しくみると、

 少年老い易く学成り難し
 一寸の光陰軽んず可からず
 未だ覚めず池塘春草の夢
 階前の梧葉已(すで)に秋声

(人間の)青年時代は(時の経過が早く)いつのまにか年老いた時を迎えがちなものであるが、(それに反して)学業はなかなかに成就しないものである。それゆえ若い時代には、わずかな時間でもゆるがせにしてはならない。池のほとりの堤に萌え出る若草のような、青年時代の夢がまだ覚めきらないうちに、階段の前の青桐の葉は、はやくも秋風に吹かれてさびしく音をたてて散っているのであるから。

 日本では、『徒然草』第四十九段に、「老(おい)来りて、始めて道を行(ぎょう)ぜんと待つことなかれ。古き塚、多くはこれ少年の人なり。はからざるに病(やまひ)を受けて、たちまちにこの世を去らんとする時にこそ、始めて、過ぎぬる方(かた)の誤れることは知らるなれ。誤りといふは、他のことにあらず。速やかにすべきことを緩くし、緩くすべきことを急ぎて、過ぎにしことの悔しきなり。その時悔ゆとも、かひあらんや。……」とあります。
 老いがやって来て、そのときに、はじめて仏道を修行しようと待っていてはならない。古い墓は、大部分が年少で死んだ人のものなのである。このように、人はいつ死ぬかわからないのであるから、思いがけず、病気にかかって、にわかにこの世を去って死にゆくときに、やっと、今まで過ぎ去ってしまった期間の間違っていたことが自覚されるものなのだ。その間違いというのは、ほかのことではない。速くしなくてはならないことをのんびりと後回しにし、いつやってもよいことを先に急いでやって、生涯を経過してしまったことであって、それが、死に際に後悔されるのである。しかし、そのときになって後悔しても、何の効果があろうか。
私にも、「後生畏(おそ)るべし」に該当する方が2人がいらっしゃいます。おひとりは、備前高校でボート部を私の転勤後、受け継いでくださった藤原光郎先生です。もうおひとりは言うまでもなく、アドラー心理学の後継者・児玉先生です。児玉先生については、たびたびお話していますので、今回は藤原先生を懐古します。彼は年齢は私より丁度ひとまわり下の巳年です。私は1973年に備前高校に赴任した当初の何年か生徒課の交通指導係に所属されました。藤原先生は、前年に大阪の学校を卒業されて、母校の備前高校に赴任されて、私と同じ交通指導課の配属になりました。若くてハンサムな彼は、学校中のアイドルで、しかも種々の免許をお持ちで、多方面で活躍できるオールマイティーの先生でした。交通指導係では、彼が最年少、その次が私ですから、何かと気が合い、一緒に遊ぶようにもなりました。もちろん真面目な遊びです(笑)。この出会いが、彼をボート部に結びつけ、私はわずか7年備前高校に在職して、それから岡山工業高校へ転勤しました。藤原先生は、その後ずっと備前高校でボート部顧問をされて、のちに東岡山工業高校へ移られてからも、県の漕艇協会の役員を続けられ、2005年の岡山国体の幹部役員をされたあと、定年退職されました。私がわずか7年のボート部顧問歴なのに対して、彼はその数倍もの長きにわたって、県のボート界を支えられました。縁は異なモノで、相棒児玉先生も2002年に備前高校へ赴任されましたが、ここにはラグビー部がなくて、ボート部の顧問になられて、そこで藤原先生と2年間ボート部顧問をなさいました。人のご縁というのは不思議なものです。「対人連鎖」なんていう変な造語を作りました。ネットワークというとカッコいいですが、やはり東洋風に「ご縁」というほうが響きがいいです。仏教のキー概念は「縁起」ですから。

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