論語でジャーナル’25
24,子曰く、法語の言(げん)は、能(よ)く従うことなからんや。これを改むるを貴しとなす。巽与(そんよ)の言は、能く説(よろこ)ぶなからんや。これを繹(たず)ぬるを貴しとなす。悦(よろこ)びて繹ねず、従いて改めざるときは、吾これを如何ともする末(な)きのみ。
先生が言われた。「古典の格言をひいて忠告されれば、誰でも従わない者はあるまい。しかし、ほんとにその言葉によって行いを改められるかどうかが問題である。やさしい言葉だったら、誰でも心から気持ち良く受けずにはいられまい。ただ、その意味をよく考えてみるかどうかが問題である。気持ち良く受けながら、その正しい意味を考えてみない者、うわべは言葉に従いながら、実際は行いを改めない者、そんな者は、自分もまったく処置のしようがないではないか」。
※浩→吉川先生は、「法語の言」も「巽与(そんよ)の言」も、具体的にはよくわからないとされながら、まあ、「法語の言」は、権威ある教訓の言葉で、「巽与の言」は、おだやかな厳しくない言葉であろうとかれている。いずれにしても、それらの言葉を受け入れても、実行されないなら、処置なしだと、孔子は述べているようです。
言葉と行為についての格言に「有言実行」というのがあります。逆に「不言実行」というのもあります。「有言実行」は、目標などを口に出すことで、実現への意志を強く持つて成し遂げることでしょう。「不言実行」は、誰にも言わずに成し遂げることを意味しています。日本では、禅宗の影響か、武士道の影響か、「沈黙は金(きん)なり」と言われます。「沈黙は金」というのは、「沈黙は価値あることだ」という意味ですが、「ただただ黙っていることがよい」という意味ではないようです。日本では、思っていることを敢えて口に出さなかったり、空気を読んだりすることを良しとする風潮が根強いのですが、本来は「沈黙は金なり、雄弁は銀なり」と続くそうです。これは「沈黙することは、時に、雄弁にも勝る」という意味です。つまり、「状況によっては黙っているほうがよい」という意味であって、単に「沈黙は美徳」ということではないようです。「時は金(かね)なり」というのがあって、「きん」と「かね」を混同しがちです。
歌舞伎には「だんまり」という手法があります。人気(ひとけ)のない山奥や川端、海辺でその芝居の主要な登場人物が、真っ暗闇の中を手探り状態で宝物などを探り奪い争う様子を見せます。無言でゆったりとした下座音楽(BGM)に乗せて、様式的な動きを見せるさまは歌舞伎美の極地と言えます。面白いのは、真っ暗なはずなのに、舞台は明々と照明が当たっているんです。真っ暗だと観客に見えませんから、明るくしないといけません。『四谷怪談』では、「砂村隠亡堀の場」が有名です。おっと、脱線はダメ!
話を元に戻します。「憲問篇」に、「子曰わく、君子は其の言の其の行(こう)に過ぐるを恥ず」とあります。「人格者はその言動がその行動を上回る事を恥じる」という意味で、言葉と行為のバランスを的確に説明しています。野田俊作先生は、「言ったことは必ず実行、実行しないことは言わない」とおっしゃいました。これは信頼関係を築く上でとても大切です。親や教師が子どもたちから信頼されないのは、これと反対の「実行しもしないことを言うとか、言ったのに実行しない」からでしょう。肝に銘じておきたいです。うちの母は、よく「あの人は伊左衛門じゃ」と言っていました。今の人には意味不明でしょう。「口で言うだけで実行しない」という意味ですが、どうしてこれがそうなるのでしょうか?ここは脱線します(笑)。もとは歌舞伎です。「廓文章:吉田屋」という上方歌舞伎があって、その主人公が、「夕霧太夫」と「藤屋伊左衛門」です。放蕩の末、家を勘当された藤屋の若旦那・伊左衛門は、紙衣(かみこ:紙製の着物)姿に身をやつして、なじんだ恋人・夕霧太夫に逢いたさに、大坂新町の吉田屋へやって来ます。吉田屋主人喜左衛門、おきさ夫婦の好意で、座敷へ通された伊左衛門は長い時間待ったのちに夕霧と面会しますが、伊左衛門は恋しいはずの太夫にわざとつれなく当ります。嘆く夕霧。太鼓持ちの取りなしで伊左衛門が機嫌を直すと、藤屋の番頭が若旦那の勘当が解かれたことを告げにきて、晴れて伊左衛門と夕霧は夫婦となるのでした。このお芝居の演題を歌舞伎通の人は、「吉田屋」と言わないで、主人公の名を並べて「夕霧・伊左衛門」と言っていました。ここから「口先で言うだけ」つまり「言うぎり」→「夕霧」→ここで相手の「伊左衛門」に転じます。で、口で言うだけの人のことを「イザエモン」と言うようになりました。ついでに、歌舞伎では、よく主人公の名前を並べて呼びます。「お染久松」「梅川忠兵衛」「お半長吉」「お夏清十郎」「お俊伝兵衛」……。このへんでやめておきます。