論語でジャーナル’25
26,子曰く、三軍も帥(すい)を奪うべきなり。匹夫も志(こころざし)を奪うべからざるなり。
※浩→さいわい、弘前第三十一連隊は総員38名が全員無事にたどり着けたが、青森歩兵第五連隊は三昼夜さまよったあげく、総員210人中、生存者わずか11名。大きな犠牲を出した。この違いはいったいどこにあったのだろうか?
福島大尉は雪中行軍の経験があってその怖さを熟知していたため、入念な準備と計画を練っていた。しかも最初から士官中心の少数編成で行軍することを決めていた。これについては上層部から反論があったが「訓練ではなく研究であるからにはこれで十分」と福島大尉も反論する。さらにはすぐに構想に着手し、あっという間に計画概要まで作成して連隊内で情報公開した。以後はじっくり時間をかけて人選を行なった。隊員には研究課題を与えた。出発までの1か月間に雪中行軍のリスクを想定して、対処法を準備させたのである。実際の行軍では、民家に宿泊して十分な休息を取り、地元民をガイド(映画では秋吉久美子さん)に頼み、徹底して隊員の安全を最優先した。もちろん、実際の戦争でこうはいかない。だが、今回はデータ収集のための行軍であり、いたずらに雪山でリスクを冒す必要はないと福島大尉は判断した。
一方、上層部の命令に背けず無理な大編成で挑まざるをえなかった第五連隊は、装備、食糧準備、編成(下士卒がほとんど)において、すべての判断が甘かった。時間をかけて計画書を完璧に作成し、予行演習も行なっている。ただし、その日は稀に見る好天で、しかも八甲田の入口まで行っただけのものだった。ところが、本番は最悪の天候で、記録破りの寒波に見舞われた。奇跡的に生き残った1人が次のように述べている。「行軍前夜は酒杯を傾け、かなり夜更けまで飲んだ。行軍といってもわずか5里(20㎞)くらいの距離だから温泉に行くつもりで手拭い1本持っただけだった」。この緊張感のない緩んだ空気を醸し出したのは最高責任者の認識である。福島大尉と同様、地元民をガイドにするチャンスは何度もあったが、軍の威信にかけて拒絶している。手拭い1本の気楽さの割にはプライドが高いのである。
ポイントは、「判断」とは他の誰でもない、リーダーのみに与えられた職務であるということだ。すなわち、会社なら社長、部なら部長、課なら課長、(学校なら校長)、チームならリーダーでなければできない特権事項なのだ。例えば、あなたがチョモランマ(エベレスト)登山隊の隊長だとしよう。頂上はすぐそこに見えている。ところが、先ほどまで快晴だった天候がどんどん怪しくなってきた。下手をすると大荒れになるかもしれない。さて、この極限状況に追い込まれたらあなたはどう判断するだろうか?
(1)せっかくここまで来た。もう二度と挑戦できない。イチかバチかやってみよう。
(2)残念だがここで下山する。無念だけれども、皆、いいな?
(3)途中まで下山して、天候次第で再アタックしよう。
(1)は人命を軽く考えすぎではないか。「ここまで来たからには」と誰もが思う。名誉欲もある。死んでも悔いなしと盛り上がるかもしれない。だが、こういうムードがチームに蔓延しているときこそリーダーは冷静に判断しなければならない。しかも、「あのとき、相談したら君がこう言った」などと責任転嫁はできない。リーダーはひとりで決めて、ひとりで責任を負わなければならないのである。
(3)のような中途半端な態度ではどちらも達成できない。下山も命がけなのである。
ここは(2)の選択こそリーダーの判断である。優先順位の筆頭は何か。登頂することか、それとも全員無事に帰還させることか。どちらを優先すべきなのか?
登頂し、さらに無事に帰還できればベストだが、そんな希望的観測に振り回されていたら遭難してしまう。ここは最悪の事態を想定して現実的に判断すべきだ。すなわち、ベストが無理ならばセカンドベストを追求すべきではないか。では、セカンドベストはどちらなのか?
失敗の対処法のみならず、すべての仕事は優先順位に則って行うべきである。優先順位は目的に近いほうが高くなる。「雪中行軍のデータ収集」が目的ならば、「地元民をガイドで雇う」「民家に分宿する」「少人数で実行する」はいずれも手段である。重要なのは、目的を達成するための手段である。プロジェクトの目的は変えられないが、手段はいかように変えても構わない、ということだ。(うーん、アドラー心理学もそうです。)
もちろん、ほとんどのビジネスマンも同じように発想していると思う。このとき、ベストだけでなく、セカンドベスト、サードベストというように、優先順位のランキングを頭の中に想定しておくことが大切である。
事態は刻々と変化する。スピード時代ならばなおさらである。昨日の正解はもう明日には不正解かもしれないのだ。リーダーの希望的観測が会社(組織)を間違った方向に進める。「この前は危なかったけれどもなんとか回避できた。きっと今度も大丈夫だろう」と、何の根拠もないくせに平気でこう考える。この前うまくいったことが「偶然=たまたま」ではなく、「必然=しかるべく」と思い込んでしまうのである。
個人であれば自分が痛い目にあうだけですむが、ビジネスにおいてはそうもいかない。売上や利益、資金等々に直接関係するリーダーが思い込みで、希望的観測で予測していたら、会社(組織)はとんでもなく間違った方向に進んでしまう。(つづく)