論語でジャーナル’25
26,子曰く、三軍も帥(すい)を奪うべきなり。匹夫も志(こころざし)を奪うべからざるなり。
※浩→良い数字(成果)を聞きたいばかりに部下の申告を鵜呑みにすると……
例えば、営業リーダーの場合、売上計画をクリアするには、まず部下である営業マン1人1人がどれだけノルマを達成できるかを吟味するはずだ。このとき、彼らの自己申告を鵜呑みにしていたら月末(決算時)になって真っ青になるだろう。したがって、1人1人の売上見込みを正確に弾(はじ)くことは大切である。
「今月の売上はどれくらい見込めそうだ?」
「1000万円です」
「本当か?」
「はい」
「もう一度聞くぞ。それは本当か?」
「いえ……800くらいかもしれません」
「正直に言ってみろ」
「すみません、700万円です」
会社は、売上をガソリン代わりにして正しい舵取りができるのだ。途中でガス欠してしまえばエンスト(資金ショートで倒産)するしかない。
もちろん、リーダーとしては景気の良い話を聞きたいはずである。売上見込みが増えれば増えるほど嬉しい。社長や部門長から厳しく追及されずに済む。しかし都合の良い数字をいくら積み上げたところで、所詮は絵に描いた餅に過ぎない。
ビジネスマンは、数字に関しては都合良く考えたがるものだ。しかし、これは判断ミスの元凶である。“一寸先は闇”。『易経』に「治にいて乱を忘れず」とあるとおりだ。
リーダーというのは、「常に最悪の事態を想定して対策を講じておくこと」が肝要だ。ヒューマンエラーは必ず起こる。ヒューマンエラーを防ごうと「もっと注意しろ」と怒鳴っても効果はない。きちんとしたシステムを構築し、人為的なミスや失敗をフォローする態勢をとらなければならない。これらのフォローシステムがきちんと機能するようにダブルチェック、トリプルチェックが必要なのである。
最近は複数の人が独立して同じチェックをし、多数決で合否を決する「デュアルチェック」がはやっている。ダブルチェックだと2番目にチェックする人はどうしても前の人を信用していい加減になる。トリプルの3人目に至っては、ハンコを押すだけで終わることも多い。
ダブルチェックといえば、私の在職中の、入試採点後のチェック作業を思い出します。すべての作業をダブルチェックするのですが、それでもミスが発見されることが、結構ありました。この仕事に関しては、「性善説」は通用しません。徹底的に「性悪説」で、疑わないと正確な作業はできなかったです。「性善説」では第一採点者の作業を信じて、チェックが甘くなります。一方では競合的で、自分の作業でミスがなかったら、いわゆる“ドヤ顔”をするし、他の先生の作業のミスを見つけると、言葉は穏やかでも内心やはり“ドヤ顔”で担当の先生に見直してもらっていました。
昭和48年度に備前高校に転勤した当時は、入試は「国語」「数学」「英語」の3科目でした。その後、「理科」と「社会」が加わって5科目に戻りましたが、3科目時代は、社会科の先生たちは(筆者も)「国語」の採点係でした。国語の採点は時間がかかりますから、どうしても全作業が終了するのは最後になります。赴任2年目のこと、予想外にトントン拍子に進んで、他の教科より早く終了して、「万歳ー!」とばかり、メンバー全員そのまま学校近くの居酒屋で互いの労をねぎらっているところへ、学校から呼び出されました。「ミスが見つかったから戻ってこい」と。全員とたんに酔いが醒めて、また一から点検のやり直しにかかりました。そして作業は深夜まで続きました。私は赤穂線で「備前片上」から「西大寺」まで帰るのですが、窯業科(現・セラミック科)に佐賀県出身の新卒の「金岩先生」という方が学校近くに下宿されていて、そこへ転がり込んで雑魚寝しましたす。せっかく仲良しになった金岩先生は、翌年故郷の佐賀県に採用されて、風とともに去っていかれました。昭和51年に国体が佐賀県であって、私は、その年、「朝日レガッタ」と「インターハイ」で、シングルスカル優勝者の柿本研三選手を引率して参加しました。もちろん、金岩先生と連絡を取りました。先生は私たちを有田焼の窯元などへ案内してくださいました。そのとき、記念館でいただいた青磁の「ぐい飲み」を家宝にして今も大切に保管しています。とても綺麗です。今はわが家の宝物です。