論語でジャーナル’25
29,子曰く、知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず。
先生が言われた。「知恵のある人は迷わない。仁徳のある人は心配しない。勇気のある人はこわがらない」。
※浩→難局に臨んで、知者・仁者・勇者はかくあるべしという名言です。知恵のある人は、選択肢が多いから迷うことがないのでしょう。仁徳のある人は、他者から信頼されているから、裏切りなどを心配することはない。勇気のある人は、自分を信じてひるむことはない。
知者・仁者・勇者をセットにして「知・仁・勇」とすれば、落語の「桃太郎」を思い出します。桂米朝師匠のカセットテープを、昔、岡山工業高校の細川公之先生が貸してくださったのを、MDに保存しています。これはいつ聴いても爆笑しています。こんな内容です。
→「這(は)えば立て、立てば歩めの親心」と申しますが、昔の子どもはんはなるほど、可愛らしゅうございましたな。夜、なかなか寝付かれん、てなときには親御さんがお話を聞かせたりしたものですが……
父親:いつまで起きてんねん、金ぼう、早う寝なさい。子どもがあんまり遅うまで起きてるもんやない。こんな遅い時分まで起きてたら、恐ぁいお化けや幽霊が出て、お前なんか頭からガリガリッと齧られてしまうぞォ...ホ~ラァ...そのうしろの暗いとこから、アッ、お化けが...さあさあ、大人しいに寝んねし!寝床へ入んねん!寝床へ入ったらもう恐いお化けも出てけぇへんからな!さあ、布団へ手ぇ入れて。おとうはんが面白い話をして聞かしたるさかい、それを聞きながらねんねするんや、ええか。 ...昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んではってん。おじいさんが山へ芝刈りに行て、おばあさんが川へ洗濯に行た。川の上のほうから大きい桃が流れてきて、おばあさんはこれをうちへ持って帰って、ポンと割ったら中から元気のええ男の子ォが生まれてきた。これに桃太郎という名前を付けた。この子が大きくなって、鬼ケ島へ鬼退治に行くと云うのでキビ団子をこしらえて持たしてやると、犬と猿と雉が出てきて、一つ下さい、その代わりお供します。三匹を引き連れて鬼ケ島へ攻め込んだ。この桃太郎はんが強いんねや。三匹もよう頑張った。とうとう、鬼が降参や、山のように宝物を出して謝った。車に積んだ宝物、エンヤラ、エンヤラと持って帰ってきて、おじいさんやおばあさんに孝行したちゅうのや。
なあ、面白いやろ。桃太郎さんのお話...金ぼう...金ぼう...寝てしもうたがな。えぇ、子どもというのは罪がないなあ...。
てなことを云うてましたのは、もう昔のお話でございます。きょうびの子どもはなかなか、こんなことくらいでは寝ぇしまへんわ。
親:健一、健一...健一!
子:...えぇ?
父親:寝んかい。
子:なんで?
父親:なんでちゅうやつがあるかい。不思議そうな顔すな、お前、子どもが日が暮れたら寝んの、当たり前やないかい。
子:眠たないねん。
父親:眠たないちゅうてなぁ、子どもが遅うまで起きてたらあかん。お前ら、晩が遅いさかいに朝ァ起きられんようになってしまうねや。えぇ、子どもがあんまり遅うまで起きてるもんやない。早う寝なさい。
子:眠たいことないんや。
父親:眠たいことなかっても寝ぇ
子:眠たいことなかっても寝ぇ、やなんて、そら君ィ。
父親:き、君ィ?親を友だちみたいに思うてけつかんな、コイツ!子どもがそない遅うまで起きてたら、恐わーいお化けや幽霊が出てきよるぞ。
子:お化けや幽霊やて。火星へ無人探査機が行く時代やで。おとうはん、云うことが相変わらず可愛らしい。
父親:どつくで、ほんまにこのガキは!早う寝て、早う起きるねん。とにかく寝床入れ!
子:眠たいことない。
父親:眠たいことなかっても、寝床に入って横になって、目ェつぶってたら、ひとりでに眠とうなって、寝てしまうものやがな。
子:そない云うけどなぁ、眠たいこともないのに寝床へ入って目ェつぶってたら...もうロクなこと考えへん...。
父親:...子どもの云うこっちゃあらへん。こら、とにかく横になれ!寝床へ入るねん!さあさあ、さあさあ、寝床へ入ってなぁ、そいでもう寝る気になれぇ。おとうはんが面白い話を聞かしてやるさかい、それを聞きながらねんねするんや。
子:そら無理や。
父親:無理ちゅうことがあるかい。
子:無理やがな。話聞くなら聞く、寝るなら寝ると、どっちか一つにせんとあかんで。そんな、聞きながら寝るやなんて、半端なことしてたら、どっちも満足にでけへんで。昔から「二兎を追うものは一兎をも得ず」ちゅうねんで。
父親:じゃかまし!ようごじゃごじゃ云うやっちゃなぁ、お前は。話を聞いて、眠とうなったら、そのままスーッと寝たらええんやがな。
子:えぇ、そうか?ほんなら、まあ、おとうはん、試しにいっぺん演(や)ってみ。
父親:いっぺん演ってみ...親を咄家みたいに思うとるがな、こいつは。ええか、よう聞いてぇよ、昔々...、
子:何年ほど?
父親:...何年ほど、て...こんなもん、お前、ずっと前から、ここは「昔々」ちゅうのやがな。
子:なんぼ昔でも年号というのがあるやろ。元禄とか、天保とか、寛永とか、明治とか。
父親:年号も何もないくらいに昔や。
子:年号もないとは、これはよっぽどの昔やな。
父親:そうや、よっぽどの昔や。あるところに...。
子:どこや?
父親:どこでもええやないかい。親が「あるところ」ちゅうてんねや、あるところやなぁ、と思うとかんかい!
子:あるところ、やなんて頼りない話しやなぁ。そんなことでは現実感も何もあれへんで。昔でも国の名ァちゅうもんがあるやろがな。大和とか、河内とか、摂津とか、播磨とか。
父親:国の名ァもないくらい昔や。
子:国の名ァもないのん?そら、縄文時代やな?
父親:じょうもん...知らん知らん、そんなもん。とにかく、あるところにおじいさんと、おばあさんが住んでたんや。
子:おじいさんの名前は?
父親:もうええかげんにせぇよ、お前なぁ、そないに次々と引っかかってたら寝る間もあらへんやないかい...名前もないッ。それくらい昔や。
子:へぇ、人間に名前のなかった時分ちゅうたら、そら原始人の時代やな?
父親:あぁ、よっぽど昔や。おじいさんとおばあさんが住んでたんや。
子:歳は?
父親:ほんまにどつくで。歳もない。歳のないくらい昔や!
子:そんな、おとうはん、無茶云うたらいかんわ。なんぼ昔でも歳はあるわいな。一年たったら一つずつ歳、とらはんねん。
父親:そら、始めのうちは歳もあったわい。そやけど火事で焼けてしもうてそれからなくなった。
子:無茶云いな。歳が火事で焼けたりするかいな。
父親:お前、ごじゃごじゃ云うさかい、話が一つも前へ進まへんやないか。少々わからんことがあっても、黙って「ふーん」ちゅうて聞いてたら、だんだんとわかるようになってくるもんやがな。
子:ふーん。
父親:おじいさんは山へ芝刈りに行った。
:ふーん。
父親:おばあさんは川へ洗濯に行った。
子:ふーん。
父:川上から桃が流れてきた。
子:ふーん↑。
父親:...なぶってたらあかんで。ほんまに、こいつだけは手ェがつけられんなぁ ...。見てみい!どこまでしゃべったか忘れてしもうたやないか!...そやそや、桃が流れてきたとこや。それを持って帰ってポンと割ったら中から男の子が生まれた。桃から生まれたんで桃太郎という名前をつけたなぁ。この子ォが鬼ケ島へ鬼退治に行くというので、キビ団子という美味しいものをこしらえて持たせてやると、途中で犬と猿と雉が出てきて、一つください、その代わりお供します。三匹が供をして鬼ケ島へ攻め込んだなぁ。猿がかきむしるやら、犬が食いつくやら、雉が目玉つつくやら。鬼も降参やぁ。山のように宝物を出して謝った。車に積んだ宝物、猿が引く、犬が押す、エンヤラ、エンヤラァと持って帰っておじいさんやおばあさんに孝行したちゅうねん。なぁ、おもろいやろ。さあ寝ェ...寝んかい...寝ぇっちゅうのに、このガキは...。なんや、大きい目ェ剥きやがったな。何や?
子:......あない、やいやい云うさかいに、寝たろかいなと思うてたんやけど、あんまりアホな話し聞かされたさかいに、だんだん目ェが冴えてきた。
父親:冴えてきた!?悪いガッキャなぁ、こいつ。何で冴えてくるねん!?
子:なんでて、おとうはん、それ桃太郎の昔話やろ。
父親:そや、桃太郎の昔話やがな。
子:桃太郎みたいな子ども向けの噺されたらかなんなぁ。わいらもっと、こう...恋愛モンみたいな...。
父親:生意気なことぬかすな!お前ら桃太郎で十分じゃ!
子:おとうはん、何も知らへんやろうから、ちょっと話をするけれども、この桃太郎という話は、日本の昔話の中でも一番ようでけてんねん。グリムやアンデルセンに匹敵する世界的な名作と云われてんねんで。外国へ持っていっても引けを取らん、ようできた話や。それをあんな言い方したら値打ちもクソも無いわ。あれでは作者が泣く。
父親:な、何が作者や...お前ら、何も知れへんねん。
子:おとうはんこそ、何も知れへんやろ。これはなぁ、昔々あるところ、と云うて、時代やら場所をはっきりさしてないやろ。わざとそないしてあるんやで。子どもに難しいこと云うてもわからへんけど、借りにこれを大阪の話にしたらやな、大阪の子どもには馴染みがあってええやろうけど、東京の子どもはどないする?ほたら東京の話にしたら、東京の子どもにはええやろうけど、東北の子どもはどないしたらええ? 日本国中どこへ持って行って、どこの子どもに聞かしてもあてはまるように、「あるところ」としてある。話しがそれだけ普遍的になるわけやな。ほいで、おじいさんとおばあさんが出てくるやろ。これ、ほんとは両親やねん。「ぢぢ」と「ばば」の濁り取ったら「ちち」と「はは」になるやろがな。二親のことを云いたいねやけど、昔は子どもや年寄りのほうが馴染みが深かったさかいに、おじいちゃん、おばあちゃんの話に変えてあんねん。ほいで、山へ芝刈りに行て、海へ洗濯に行く...わけにはいけへんさかいに、「川」に変えてあるけれども、本当はここは「海」やねんで。山と海やねん。で、つまり「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い」ということの喩えになったぁんねやで、おとうはん。
父親:...ふーん、あぁ、そうか、なるほどなぁ...それからどないしてん、それから。子:ほいで、川上から桃が流れてきて、持って帰って、ポーンと割って子がでけたて、桃から子どもが生まれたりせぇへんで。桃から子どもが生まれたりしたら果物屋、やかましいてしゃあない。人間のお腹から生まれた子どもが、子どものくせに鬼を退治したりしたら不自然やさかい、神さんから授かった子どもになってんねん。ほいでな、鬼ケ島てなとこはな、この世にはないんやで。あれはな、この渡る世間を鬼ケ島に喩えてある。人間と生まれたら、世の中の苦労をせんならん。なぁ、これが鬼ケ島や。渡る世間に鬼はないというけれども、おとうはん、あんた、わかるかなぁ。渡る世間は鬼ばっかりやで。世間というところは恐ろしいところやで、おとうはん...ちょっと、あんた、ボーッとしてたらあけへんのやで。しっかりしてや、なぁ、世の荒波にもまれる、これが鬼ケ島の鬼退治やないかい。犬と猿と雉が出てくるやろ。これ、動物三種、何でもええと思うたら大間違いやで。犬は三日飼われたら三年恩を忘れんというぐらい、仁義に篤い動物や。猿は猿知恵ちゅうてバカにするけれども、なかなかどうして、人間どけたら一番知恵がある。雉というのは勇気のある鳥やで。卵を抱いてるときにヘビが卵を狙うて寄ってきよったらな、自分の身体をおとりにして身体を巻くだけ巻かしといて、十分に巻いたところでパチンと切々れに弾いてしまうというぐらいに、落ち着いた勇気のある鳥や。つまり、この三匹で智、仁、勇という三つの徳が表されてあるねん。
父親:ウーム...こら、カカァ、寝てる場合か。ちょっと起きて、この話、一緒に聞けこらー、お前、大人が聞いてもためになるがな。こらええこと云いよる。こいつ、こんど参議院に出したろ。ウーム、それからどないしてん、それから。
子:さいぜん、「キビ団子という美味しいもの」て云うたやろ。あんなスカタンなこと云うたらあかんで。キビちゅうたら、五穀の中でも米や麦に比べたら粗末なもんや。キビの団子云うたら、粗末なモンの代名詞やな。つまり「贅沢したらあかん」という教えがこのキビ団子や。そやさかいに、人間と生まれた以上は、鬼ケ島の鬼退治、つまりこの世の苦労をせんならん。その時に贅沢をせずに、質素を守って、仁、智、勇という三つの徳を身に付けて、一生懸命に働いて、いろんな目にあい、いろんな苦労をして、ほいでやがて鬼を退治して山のような宝物を手に入れんねや。この宝物というのは、世間へ出て身につける信用とか、名誉とか、地位とか、財産とか、そういう宝や。そういうものを身につけた立派な、世の中の役に立つ一人前の人間になってやな、ほいで、親に孝行し、家名を上げるという、これが人間として一番の大事な道や、ということをやな、昔の人が子どもにでも分かるように、面白い話に仕組んどいてくれたんや。それぐらいようできた話を、あんな云い方したら、値打ちも何もあらへんで。おとうはん、僕の前やからええけど、よそへ行ってあんなこと云うたらあかんで。恥かくさかいに。親の恥は子の恥やさかいな。僕まで辛いさかいに、そんなこと云わんようにしてや、わかったな、ええか?これ、おとうはん?...ああ、寝てしもたがな。今どきの親は、罪がないわい...。(おあとがよろしいようで。)