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スレッドNo.156

論語でジャーナル’25

3,君召めして擯(ひん)せしむるときは、色勃如(ぼつじよ)たり、足躩如(かくじょ)たり。ともに立れる所を揖(ゆう)するときは、その手を左右にして、衣(ころも)の前後襜如(せんじよ)たり。趨(はし)り進むには翼如(よくじよ)たり。賓(ひん)退ぞくときは必ず復命して曰く、賓顧みずと。

 君主から召されて国賓の接待役を命じられると、顔色は改まり、歩き方はためらい、緩くされた。役を仰せつけられた同列の仲間に挨拶なさるのに、組み合わせた手を左側の人には左に、右側の人には右に上げられ、そのたびごとに衣服の前後をきちんとさばかれた。それから少し身をかがめ、小走りでスルスルと位置につかれた。国賓が退出されると、「お客様の帰りがけのご会釈がおすみになりました」と必ず報告された。

※浩→何とまあ、難字の多いこと!これまでは変換キーで出てこない難字は、自分で一々手書き入力していましたが、さすがにこれほど多いと面倒です。便利な世の中になって、ネットで検索すると、あっという間に「白文」「書き下し文」「現代訳」が出てきました。今回は、書き下し文をネットから拝借して、現代語訳は貝塚茂樹先生から、解説は吉川幸次郎先生から引用しました。
 孔子の時代は、いわゆる春秋列国の時代で、諸侯すなわち多くの大名の君主が各地に分封されていたが、君主たちは、相互の友好を深めるため、君主自身、あるいはその代理としての私臣が、他の国を訪問して、相手の君主の安否をたずねるという、儀礼を行なった。訪問を受けた国では、国賓を接待するため、君主の介添えとして接待役を任命する。それが「擯」です。孔子も魯の家老であったころ、しばしばこの役目を仰せつかった。「色勃如(ぼつじよ)たり」以下は、このときの孔子の挙動です。礼をきちんとわきまえた立ち居振る舞いの様子が丁寧に述べられていますが、現代においてこのような場面を見ることがあるでしょうか?ありました。現・上皇様のご退位とそれに続く新・天皇のご即位の礼です。テレビが普及していない時代には、家庭のお茶の間(←この言葉、ふるー!今は「リビング」ですか)で式典の様子を見ることなどできなかったですが、今は、ごく当たり前に、平安王朝絵巻そのままの伝統儀式をつぶさに拝見することができます。日常生活では、“礼儀作法”という言葉が死語になったのかと思われるほど、無作法が蔓延しています。“作法”というと、茶道・華道・日本舞踊・歌舞伎とかで伝承されているだけで、それ以外では、まさに傍若無人、世間は自己中蔓延状態です。野田先生のお言葉で言えば、「したいことをし、したくないことをしない」という“狂気の社会”とでも言えそうです。学校の卒業式は、不思議なことに古式豊かに行われているみたいです。ごく最近の様子は知りませんが、送辞・答辞などを言う生徒の代表者は事前に、ステージでの作法を手取り足取りで先生から指導されていました。ああいうきちんとした礼法が日常生活ではすっかり忘れ去られています。が、それでも世界的に見れば、日本はお行儀の良い国です。

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