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スレッドNo.172

論語でジャーナル’25

17,厩(うまや)焚(や)けたり。子、朝(ちょう)より退(しりぞ)きて曰く、人を傷(そこ)なえりやと。馬を問わず。

 孔子の家の馬小屋が火事で焼けた。朝廷の会議に出席した先生は退出してから、「怪我した人はなかったか」と言われただけで、馬のことを言われなかった。

※浩→孔子は重臣ですから、馬車を引かせる馬を入れる厩を持っていました。その厩が火事で焼けました。折から孔子は朝廷に出仕していましたが、帰ってくると、「人に怪我はなかったか?」とだけたずねて、馬がどうなったかはたずねませんでした。孔子が合理的な人道主義者であることを示しています。まず、人は大丈夫かとたずねて、そのあと馬はどうだったかとたずねた、と訳す説もあるそうですが、これではインパクトに欠けます。吉川先生も貝塚先生も触れられていませんが、私は、有名な落語「厩火事」を思い出します。
髪結い(床屋)のお崎が亭主とまたケンカしたということで、仲人の家でグチを言います。その亭主というのは仕事もしない怠け者で、文字どおり「髪結いの亭主(妻の働きで養われている夫)」です。仲人もその亭主に始終小言を言っていますが、一向に怠け癖が直らない。旦那はお崎に「もう諦めて、別れろ」と言いますが、お崎は「別れない」と言い張る。お崎は心の底では亭主に惚れ抜いているのです。でも、亭主が自分のことをどう思っているかについては、お崎は不安で仕方がありません。ここで旦那が故事を話します。
 「昔、中国に孔子という偉い人がいた。孔子が出かけているとき、厩から火事が出て、孔子が大切にしている白馬が焼死した。孔子は勤めから帰って、白馬のことはまったく気にかけず、弟子たちが無事であったのを喜ぶだけだった。弟子たちは自分たちのことを思ってくれる孔子を、以前にも増して敬愛するようになった」。
 もうひとつ、これは江戸の話だが、高級な焼き物に凝っている麹町(こうじまち)に住む旦那がいた。その妻が、旦那が大切にしている皿を持ったところで立ちくらみ、ドスンと尻餅をついたが、なんとか皿は守ることができた。この旦那は妻のことは眼中になく、皿のことだけを気にした。あくる日、妻はいなくなっていた。この夫婦の仲人がやってきて、娘を大切にしない家にこのままいさせることはできないと、妻の実家から離縁の申し出があった。
 お崎はこの話を聞かされ、亭主の気持ちを試してみようと決意しました。お崎の亭主も、その価値はグッと下がるものの、皿を集めていたのです。長屋に帰って、亭主が大切にしている皿を本当に割りました。「ケガはないか」と駆け寄る亭主。お崎は、亭主が自分のことを大切にしているとわかって喜びます。「ありがたいよー」。お崎「お前さん、あたしのことが心配?」。亭主「当たり前だ。お前にケガされたら、明日から酒が飲めねえや」。
 『論語』は日本の落語のネタにまでなっています。

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