論語でジャーナル’25
18,君、食を賜うときは、必ず席を正してまずこれを嘗(な)む。君、腥(なまぐさ)を賜うときは、必ず熟(に)てこれを薦(すす)む。君、生けるを賜うときは、必ずこれを畜(やしな)う。
君主から食べ物をいただくと、必ず居住まいを直してまず毒味をされた。君主から生肉をいただいたら、必ずそれを熟(に)て、祖先の廟に供えられた。生きた牛・豚・羊などをいただいたときは、必ずそれを飼育した。
※浩→君主から孔子の自宅へ下賜のご馳走が届くと、必ず席(座布団)の位置を正して、自分がまず毒味をしました。それから家族に分け与えます。生肉は必ず煮て廟にお供えし、生き物だと次の祭祀の日に屠(ほふ)るまで飼育したのです。君主からの贈り物ですから、細心の礼を尽くしながらも、やはり口に入るものへの用心は怠らなかったのです。現代は、食輸送過程の衛生管理がほぼ完璧で、しかも各家庭の冷凍・冷蔵能力が優れていて、孔子の時代のような苦労は必要なくなり、ありがたいことです。
よそのおうちからのいただき物があると、母は必ず、まずお仏壇にお供えしていました。子ども私たちもそれを見倣って、今でも、そうしています。親のしていたとおりを子どもはします。私がそのことを最も痛感するのは洗濯物のたたみ方です。カッターシャツやTシャツやソックスは、母がたたんだのとまったく同じようにたたんでいます。「モデル効果」です。前にも書きましたが、物をきちんとまっすぐ置くのは、父親にそっくりです。親の影響力は絶大です。惜しいのは、「夫婦和合」のモデルを直接目の辺りにすることがなくて、これは自分たち夫婦に活かせませんでした。NHKの朝ドラに「はね駒」というのがありました。斉藤由貴さん主演で、お母さん役は樹木希林さんで、お父さん役は小林稔侍さんでした。由貴さんの妹が嫁ぐとき、父親の稔侍さんが、「おっかさまのとおりにやればいい」と言っていました。ところが、嫁ぎ先で姑にこき使われて早く亡くなってしまいます。あの姑役をした女優・○村○子さんが、今でも憎たらしいです。それだけ名演技だったということですが。子どものころ、東映時代劇に夢中でした。当時、悪役の代表は進藤英太郎さんと山形勲さんでした。そのお二人がときどき「良い人」をやります。そのときはたいていどちらもコミカルな役で、とても嬉しくなります。アドラー心理学のお勉強をしていて、最近「フレームワーク」というのを学びました。お芝居の舞台上での悪人はほんとの悪人でなくただ演じているのですが、観客にはほんとの悪人に見えます。もしも道で出会ったら、石を投げるかもしれません(笑)。