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スレッドNo.180

論語でジャーナル’26

25,子、斉衰(しさい)の者を見ては、狎(な)れたりと雖も必ず変ず。冕者(べんしゃ)と瞽者(こしゃ)とを見ては、褻(な)れたりと雖も必ず貌(かたち)を以てす。凶服の者にはこれを式(しき)す。負版(ふばん)の者に式す。盛饌(せいせん)あれば必ず色を変じて作(た)つ。迅雷風烈(じんらいふうれつ)には必ず変ず。

 先生は斉衰(しさい=二番目に重い喪服、例えば母の死のとき着る)を着た人に出会うと、いつも親しい仲であっても顔色を変えて身なりを正された。冕(べん)という冠をかぶった人や盲目の人に出会うと、ふだん懇意にしている人でも、必ず表情を引き締められた。凶服という軽い喪服を着ていた人には、式という車上での拝礼をされた。版という戸籍台帳を背負っている人に会っても、式という挨拶をされた。豪華なご馳走をしていただいたときには、顔色を引き締めて態度を改めて立ち上がって敬意を表した。雷雨や暴風が激しいときにも、先生は必ず居ずまいを正された。

※浩→ここにもまた難字が続きます。日常生活で遭遇する相手に対して、孔子がどのような礼の道を実践していたのかを示していますが、雷雨や暴風の自然現象をも敬虔に恐れて態度を正されたのは、孔子が『天命思想』で礼を守っていたからですが、少しビクビクしていたのなら、そこに彼の人間らしさがあったとも言われます。
 現代「礼」が厳かに行われるのは、冠婚葬祭などの「儀式」と一部の「通過儀礼」と古典の世界だけになってしまったようです。芸道や武道や棋道でも「礼」を重んじます。孔子の時代は、日常生活のあらゆる領域に「礼」が及んでいたことを思うと、現代のお粗末さが痛ましいです。お稽古事をしている間きちんと礼を実践しているのに、終わってその場を離れた途端に全部忘れて無作法丸出しになったりします。「ハレ」と「ケ」の区別というのがありました。「ハレの日」は岡山弁で言うと、“よそいき”の日で、ご馳走を食べたり、普段とちがう上等の衣服を着ます。「ケの日」は日常、“ふだん”のことで、質素な食事や粗末な普段着ですごしました。この差がどんどんなくなって、今では年中が「ハレの日」になっています。年中ご馳走を食べ、年中“よそいき”の服を着ていたりします。言葉では、「敬語」が乱れに乱れているのに、不思議なことに学校では、部活動の先輩に対しては後輩は、教師に対するよりも丁寧な敬語で応答します。完ぺきな「縦関係」です。卒業式の「仰げば尊し」を歌わない学校が多いようです。何しろ明治時代にできて、しかも文語表現で、内容も「わが師の恩」「身を立て名をあげ」などが非民主的だという理屈もあるでしょうが、もったいない気もします。台湾では日本統治時代から歌われ、今でも続いているそうです。私が22年間勤めた岡山工業高校では歌われていました。卒業学年を担任したとき、卒業式前にホームルームで私が歌唱指導した覚えがあります。2行目の「教えの庭にも」のあとの「はやーいく~とせ~」の節回しに生徒が感動してくれました。

 文部省唱歌  編曲 白川雅樹

仰げば尊し わが師の恩
教(おしえ)の庭にも 早や幾歳(いくとせ)
思えばいと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ別れめ いざさらば

互いにむつみし 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ忘るな
身を立て名をあげ やよはげめよ
今こそ別れめ いざさらば

朝夕馴(な)れにし 学びの窓
蛍のともし火 積む白雪
忘るる間ぞなき ゆく年月
今こそ別れめ いざさらば

 歌詞が文語体で、うっかりすると、誤読してしまいます。自分が子どもで実際に歌っていたころ、「今こそ別れめ」は「今こそ別れ目」のことだと思い込んでいました。高校で古文をならって、“係り結びの法則”を知って間違いに気づきました。「今別れむ」の、「今」を強調して「今こそ」となるときは、「別れむ」の助動詞「む」が“已然(いぜん)形”の「め」と変化していたのです。
 「今ぞ」と「ぞ」、「今なむ」と「なむ」、「今や」と「や」、「今か」と「か」の場合は、「別れむ」と“連体形”になります。
 ちなみに、助動詞「む」は、一人称の動作につけば「~よう」「~たい」と話し手の意志や希望を、二人称単数の動作につけば相手に対する催促・命令を、二人称複数の動作につけば勧誘、三人称の動作につけば予想・推量を表すのですが、ここでの「別れめ」はどれでしょうか。「今こそお別れいたしましょう」と訳せば、婉曲な「意志」でしょうか。
 もう一つ誤読を発見しました。今文字に書いてみて気づいたのですが、「思えばいと疾(と)し」と書いていますが、これを見るまでは、「思えば愛とし」の意味だと思っていました。「疾(と)し」=「速い」だったのですね。お笑いです。そう言えば、歌舞伎で「速く」を「疾く」と言っていました。
 「礼」の話から、「仰げば尊し」に発展してしまいました。その時代にヒットしている曲で卒業式を行うのも悪くはないですが、こういう純粋な日本文化(歌のルーツが外国だとしても)を是非とも継承していきたいものです。

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