論語でジャーナル’26
2,子曰く、我に陳(ちん)・蔡(さい)に従える者は、皆(みな)門に及ばざるなり。
先生がおっしゃった。「亡命して落ちぶれた私に、陳・蔡にまでも従ってくれた弟子たちは、みんなとうとう官吏に就職できなくなってしまったね」。
※浩→孔子は紀元前497年に魯国をあとにして仕官のための遊説に出ますが、紀元前489年には陳・蔡の国境で窮迫して物心ともに追い詰められてしまいます。自分が生涯の最も困難な時期にまで慕ってついてきてくれて、就職の機会を逃して出世することができなかったしまったと、感慨を込めて回想しています。
古今東西、賢者の思想を時の政治家たちは採用しませんでした。西洋では、古代ギリシャのプラトンの「哲人政治」も有名ですが、これは、政治は「知恵の徳」の優れた者が行い、兵士には「勇気の徳」、庶民には「節制の徳」、そしてこれらが調和することが「正義」であるという彼の哲学によります。「知恵」「勇気」「節制」「正義」を“四元徳”と言います。少しクールな響きが感じられます。孔子の「仁の徳」による政治には、人の心の温かさが感じられるのは、東洋贔屓でしょうか。コロナ対策のとき、政府は「専門家の意見を聞いて」と盛んに言っていました。賢者の考えを聞くという姿勢を誇示したのでしょう。ところが、GO TOトラベル強行などではこれを無視して、誰かに忖度したとしか考えられません。「賢者」の対語は「愚者」です。失礼ながら「おバカさんに見える政治家」が多いようです。テレビの国会中継を見ていてあきれます。愚民の上に悪しき政府ありですから、つまるところ、国民のレベルが低下しているのでしょう。最近特に凶悪な犯罪が増えていてこの国の将来を危ぶまれます。内憂外患なんてないほうがいいに決まっています。