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スレッドNo.185

論語でジャーナル’26

3,徳行には、顔淵・閔子騫(びんしけん)・冉伯牛(ぜんはくぎゅう)・仲弓、言語には宰我・子貢、政事には冉有(ぜんゆう)・季路、文学には子游・子夏。

 《私(孔子)に最後まで付き従ってくれた弟子として》、徳行に優れた者には、顔淵・閔子騫・冉伯牛・仲弓があり、言語に優れた者には、宰我・子貢があり、政事に優れた者には、冉有・季路がいて、文学に秀でた者には子游・子夏がいたのである。

※浩→《私(孔子)に最後まで付き従ってくれた弟子として》とあるのは、前節とこの節が連続していると考える古注に従っています。吉川幸次郎先生はこの立場をとらないで、別々の節だと考えられましたが、ここでは「連続」のほうに従いました。
 どんな苦難や困窮にあるときにも、孔子の儒学教団を離れずに最後まで孔子とともにいて、自己の能力の研鑽や学問の修得、政治の改善に努力し続けた弟子たちの名前が連記されています。連続説の根拠は、孝行で有名な「曽参(そうしん)」の名前がここに挙がっていないことです。顔回が徳行の士であったことは明白です。冉伯牛については、孔子からその病気を「命なるかな」と嘆いたこと以外には伝わっていません。
 「言語」は弁舌のことです。殊に外交交渉の際の弁舌を言います。「政事」は字のとおりです。
 「文学」は、日本で言うのとは違って、殊に文献についての学問を言います。
 以上の「徳行」「言語」「政事」「文学」の四範疇は、孔子の「四科」と呼ばれるそうです。
 以前、沖縄那覇市の公園の孔子廟のことで、市が使用料か何かを負担していることが「政教分離に反する」という裁判の判決を受けたというニュースがありました。その根拠は孔子の一派を「儒教」と宗教扱いしているからだと思いますが、私は授業では宗教としては扱いませんでした。春秋戦国時代に「諸子百家」と言って、さまざまな思想家が現れて、孔子の一派は「儒家」と呼ばれていました。他に「道家」「墨家」「法家」「兵家」などがありました。それぞれを「学問」だと考えていましたから、「儒教」とは呼ばないで「儒学」とか「儒家」と呼んでいました。政治哲学ではありますが、宗教ではないでしょう。実際、『論語』の中で、「私は怪力乱神を語らず」と言っています。備前市の閑谷学校にも孔子廟がありますが、ここで「政教分離に反する」という事件を聞いたことがありません。ただ孔子廟は孔子の霊を祀っていて、それで宗教扱いなのかもしれません。
 ところで、野田俊作先生は「徳行」「言語」「政事」「文学」のうち、「政事」にはあまりご縁がなかったのでしょうか。他の3つ「徳行」「言語」「文学」の才能は抜群でした。2020年10月発行の、アドラー心理学会機関誌『アドレリアン』の巻頭言は、私には「ご遺言」のように思えます。謹んでここに引用させていただきます。
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 アドラー心理学の未来のために
 新理事会の発足、おめでとうございます。世界が大きく変化していく中で、今後は思いもよらないさまざまな課題が生じてくると思います。理事のみなさま方には、ぜひ賢明な判断をもって学会を運営していただきたいと思います。

 師から受け継いだアドラー心理学を学ぶこと
 アドラー心理学には、他の心理学にはない独特の理論と思想があります。そのことをしっかりと意識して、誤解のないように学んでいただきたいと思います。技術に関しては折衷主義でも構わないのですが、中心にある理論(基本前提)と思想(共同体感覚)を捉え損なうと、アドラー心理学と似て非なるものになってしまいます。
 1982年に、私はシカゴ・アルフレッド・アドラー研究所の講義を並行して、バーナード・シャルマン先生の個人指導を受けました。日本に帰ってからは、どこまでが先生から習った「正統」で、どこからが私の独創であるかを意識して、はっきりと区別して伝えてきました。私なりに、アドラー心理学という学問に学問に対して、できるかぎり誠実に向き合ってきたつもりです。私は今もシャルマン先生から学んだアドラー心理学に恋したままですし、最後まで変わることはないでしょう。学会員のみなさんも、まずは師から受け継いだアドラー心理学をそのまま学んでいただきたいと思います。

 今私たちが学んでいるアドラー心理学を検証すること
 学会員の多くは、自分がアドレリアンであると自認して(あるいはアドレリアンであると自認することを目指して)いらっしゃると思います。レン・スペリーの分類によると、自分がアドレリアンであると自認している群は、
1)アドレリアンⅠ:基礎概念を保守的に受け入れている人。
2)アドレリアンⅡ:基礎概念を拡張して受け入れている人。
3)名目アドレリアン:基礎概念の一部だけしか受けれていないか、まったく受け入れていない人。
 の3つに分けられます。
 この分類を適用するならば、私自身を含め、多くの第四世代アドレリアンは、「アドレリアンⅡ」に含まれると思います。私はアンスバッハーが提唱したアドラー心理学の基本前提を完全に受け入れていますが、その個々の項目については若干の解釈を付け加えています。「名目アドレリアン」というのは、不勉強な人々まで含めて、いつの時代にもどこにでもいらっしゃいますが、アドラー以来の伝統でそういう人々をも排除しないで一緒に学んでいこうとしています。
 それはそうなのですが、アドラー心理学の理論と思想を未来に残していくためには、許容できる範囲を決めておかなくてはなりません。もし仮に「名目アドレリアン」が一般の人を集めて講演会を行うなら、アドラー心理学が誤解されてしまうでしょう。学会はそのような事態を防ぐために、指導者による資格認定を行なっています。認定試験に合格した方だけにアドラー心理学の供給者足る資格を与える、という今の制度はとてもうまく機能していると思います。
 アドラー心理学独特の基礎理論と思想とを誤解なく次世代に伝えていくために、学会の学問に関わる分野については、認定指導者を中心に検討していくことが大切だと思います。アドラー心理学の研究を志す方々は、ぜひ、論文を書き、実践を重ね、丁寧にその効果を確かめてください。それがアドラー心理学への最大の貢献ですし、学会員の利益にもなるでしょう。学会員のみなさんも、人々の唱えるアドラー心理学が正しくアドラー心理学の理論と思想に沿っているか、共同体感覚にも共通感覚にも反していないかどうか、立ち止まって考える姿勢を保ってください。急いで結論を出さなくてもよいので、年月をかけて話し合い点検してください。

 受け継いだものを伝えるだけでは足りないこと
 『アドレリアン』第1巻第1号の巻頭言に、私は次のようなことを書きました。

 われわれアドレリアンの使命は、アドラーを乗り越えることである。アドラーは正しい出発点に立っていたと私は思う。彼は出発し、正しい道を歩んで、道半ばで命尽きて倒れた。彼の思想の方向は正しいとしても、それは未完成である。また、地域と時代の精神に限定を受けたものである。今、われわれにはアドラーの知らないこの50年の人間科学の成果が与えられている。また、われわれはアドラーが生きていたのとは違う時代と違う伝統に生きている。アドラーは間違ってはいなかったと考える点で私はアドレリアンである。しかし、アドラーはなお不完全であり、またわれわれの文化とわれわれの時代の中では否定するほかはない部分を含んでいると考える点で、私は保守的な意味でのアドレリアンではない。そして私は、これは私の個人的な願いにすぎないのだけれど、日本アドレリアンがみなそのようなアドレリアンであってほしいと思う。
 アドラーには学ぶべきだ。アドラーはすばらしく正しい出発をした。アドラーを極め尽くすべきだ。そしてその後、ひとりひとりに固有のやり方でアドラーを乗り越えてしまうこと。ひとりひとりが異端者になること。それがアドラー心理学に生命を与える唯一の道だと私は思う。

 かく申しましたように、爾来35年あまり、私はこの道を歩んできました。今もこの思いは変わっていません。まだまだ極め尽くしたとは申せませんがが、それなりの成果をあげてこの生を終えることができるのではないかとうれしく思っています。

 アルフレッド・アドラーの創始した哲学は、共同体感覚という尺度でもって、ものごとの善悪の基本を決めることを提唱しています。すべての価値を容認するならアナーキズムですし、ひとつの価値を押しつけるならファシズムです。ひとりひとりが共同体感覚を価値のよりどころにすることで、人類の未来は幸福になると私は信じています。
 どうかみなさん、これからも学習実践に励んでください。

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 引用終わり

 昔なら「修身」の教科書にも載ったかもしれないほど、野田先生は親孝行を尽くされました。2015年の名古屋総会で、ご母堂をお浄土へ送られた経過を発表されました。今思い出しても涙します。そして、今日引用させていただいた「巻頭言」は、まるでここに先生がご存命でいらっしゃるかのように、やさしいお声で、「大森さん、しっかりね」とおっしゃっているように感じれられてなりません。先生、ほんとにほんとにありがとうございました。私の力などほんの微々たるものではありますが、アドラー→ドライカース→シャルマン→野田先生→私たち、と伝承されたアドラー心理学を、ほんとにわずかばかりでも正しく乗り越えるように日々精進してまいります。

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