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スレッドNo.196

論語でジャーナル’26

18,柴(さい)は愚、参(しん)は魯、師は辟(かざ)り、由は喭(いや)し。

 子羔(しこう)は愚直、曽子は遅鈍、子張は誇張、子路は粗暴。

※浩→「柴」は高柴、字は子羔。「参」は曽参、字は子輿(しよ)。「師」は顓孫師(せんそんし)、字は子張。「由」は仲由、字は子路です。
 ここには、頭に「子曰く」がないため、誰が言った言葉かわかりません。孔子には珍しく、門弟たちの改善すべき欠点・短所について厳しく指摘しているという解説もありますが、貝塚茂樹先生が次のような解説をなさっています。
 この言葉は独立していて、誰の言った言葉かわからない。弟子たちを呼び捨てにしている点から、孔子の言葉らしく見える。しかし、孔子は弟子たちの長所短所をよく見分けて、短所を指摘するとともに、それを矯(た)めて、長所を伸ばす教育方法をとっていた。この文章のように、弟子たちの短所だけをえぐり出すことはなかったようだ。吉川幸次郎博士の説かれるように、次の顔淵と子貢との比較論の前文が、分離独立したのであろう。おそらく子張・曽子などに対する評言があまり辛辣すぎたので、『論語』のこの部分が編集されたころ、この弟子たちの門弟の手前もあり、「子曰く」を略して、孔子の批評と見えないようにしたのではなかろうか。孔子だってときにはこんな残酷な批評をしたこともあったのである。
 アドラー心理学では、短所は長所の裏返しだと考えます。孔子が、長所を伸ばす教育をしていたことと通じるようです。「愚直」は“バカ正直”ということですから、“バカ”を取り除けば“正直”ということになって、これだと長所です。「遅鈍」は“のろま”ですから、“ゆったりしている”ことになります。「辟」は“奇矯・誇張”ですから、裏返せば“めりはりがしっかりしている”ことになります。そして、「喭(がん)」は古い言葉で多義ですが、総合すれば“強情粗暴で、やんちゃで、はったりで、無作法”ということになるそうです。前に登場した、元気モリモリの子路ですから、「即断即決即破滅」みたいです。長所にすれば“やんちゃでかわいい”ということになるのでしょうか。孔子だって、時にはこう言う残酷な批評をしたこともあったのでしょう。『こち亀』の両津さんなら、「人に厳しく、己にやさしく」で「厳しく罵れ他人の失敗、笑ってごまかせ自分の失敗」でしょうが、これは両津さんだからユーモアですまされるのでしょうが、一般には逆です。ただ、あまりにも厳ししく自分を責めると、鬱になりますから、ほどほどに。

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