論語でジャーナル’26
20,子張、善人の道を問う。子曰く、迹(あと)を践(ふ)まず。亦(また)室に入らざるなり。
[古注]
子張(すなわち顓孫子:せんそんし)が善人の道について質問した。先生がお答えになった。「古い慣習に盲従はせず、少しは創造的なところがあること。さればといって、一番深いところにも到達しない」。(吉川幸次郎先生)
[新注]
子張(すなわち顓孫子)が善人の道について質問した。先生がお答えになった。「先人の歩んだ道徳の教えを実践しなければ、奥義の域(部屋)には到達することはできない」(貝塚茂樹先生)
※浩→新旧解釈が正反対のようです。私の感覚では、ただ古いものに盲従するよりも、古礼にのっとりつつも創造的ななことろもないと進歩がないと言っているように思えます。伝統を遵守する復古主義的傾向のある孔子といえども、新しい工夫も必要だと考えていたのではないでしょうか?「善人」は吉川先生によると、「聖人」「君子者」と対比して「善人」が現れるそうで、ある範疇の人間を規定しているが内容はつきとめにくいそうです。「聖人・君子」よりもランクが1つ低いのでしょう。
学校の校則は、時代の変化にともなって価値観が変わり、不合理になっているにもかかわらず、改革など考えもしないで、かたくなに守り続けていることから、多くのトラブルを起こしています。批判を許さないファシズムが学校現場には現存しているようです。