論語でジャーナル’26
3,司馬牛(しばぎゅう)、仁を問う。子曰く、仁者はその言や訒(じん)、曰く、その言や訒、これこれを仁と謂うべきか。子曰く、これを為すこと難(かた)し。これを言うに訒なることなきを得んや。
#貝塚茂樹先生の訳
司馬牛が仁の徳についておたずねした。先生は言われた。「仁徳ある人は、言葉がすらすら出ない」。司馬牛はまたおたずねした。「言葉がすらすら出ない人だったら、みんな仁者と呼んでいいのですか」。先生が答えられた。「仁を実践することが難しいのだから、言葉もすらすらいかないではないか」。
#吉川幸次郎先生の訳
……孔子は答えた。「仁者は言葉が重々しく、言いよどみがちである」。司馬牛は問い返した。「では、言葉付きが重々しいというだけで、仁と言い切ってよろしいか」。孔子は答えた。「何ごとも、言うのはやさしいが実行は難しい。しからば、ものを言うとき、口ごもらずにいられようか」。
※浩→貝塚先生と吉川先生で、解釈が微妙に違うところが興味深いです。
司馬牛は、姓は司馬、名は耕または犂(り)、字(あざな)は子牛。宋の貴族です。孔子が、前492年に宋を訪れたとき、孔子を襲って殺そうとした向魋(こうたい)とも言われる司馬魋(たい)は、司馬牛の兄です。孔子が魯に帰国したのち、前484年に、司馬魋は反乱を起こし国外に追放されました。司馬牛は自分の領地を国に返して、斉に亡命しました。
司馬牛は、ひどく多弁だったので、孔子は彼の質問に対して、このように答えました。司馬牛はさらに、「じゃあ、話が下手でありさえすれば、仁者と言えるか」と反問して、孔子を困らせているようです。この時代には「逆は必ずしも真ならず」という論理学の初歩がよくわかっていなかったらしい、と貝塚先生は述べられます。孔子は直観的には知っていたらしいですが、この難問に正面から解答することはできなかったのでしょう。
司馬牛のような認識を、われわれもやりそうです。「君子ならば言葉は重々しい」の逆は、「言葉が重々しいならば君子である」です。これは必ずしも真でありません。「雨が降るならば傘をさす」の逆の「傘をさすならば雨が降る」もそうです。たまたま傘をさしたら雨が降ったということはありそうですが、こういう「偶然」は「法則」にはなりません。こんなことをずっと考えていると、夜眠れなくなりそうです(笑)。昔「地下鉄漫才」というのがありました。地下鉄の電車をどうやって地下に入れたかを考えていると、夜眠れなくなるというお話でした。数学では「逆も真」のことがあります。「二等辺三角形は二辺の長さが等しい」の逆の「二辺の長さが等しければ二等辺三角形である」は真です。
昔、野田先生から「ラッセルのパラドクス」というのを教わったことがあります。親が子どもに「あなたの好きなようになさい」というのはラッセルのパラドクスだと。そう言われた子どもが、もしも「自分の好きなようにした」ら、親の言ったことに従ったのか、背いたのか?親の言ったことに背いて自分のしたいようにしたら、背いたつもりが、親がそうしなさいと言っていたので、従ったことにもなります。このメッセージは実は強烈に支配的で、子どもはどうやっても、親の呪縛から逃れられないのです。一般に日本人は論理的思考が苦手だと言われます。ですからアドラー心理学の「論理的結末」を誤用して、巧みに子どもたちを支配することになるのでしょう。野田先生がたびたび引用されるウィトゲンシュタインの『論理哲学論』はそんなに長くないので、じっくり読み込んでみようと思います(「と思います」です)。まだ読んでいません(笑)。