論語でジャーナル’26
7,子貢、政を問う。子曰く、食を足らしめ、兵を足らしめ、民をして信あらしめよ。子貢曰く、必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於いて何をか先にせん。曰く、兵を去れ。曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。曰く、食を去れ。古(いにしえ)より皆死あり、民信なくんば立たず。
子貢が政治についておたずねした。先生が言われた。「食物を十分にし、軍備を十分にし、人民に信用してもらうことだ」。子貢が質問した。「もし、やむをえない理由で、この3つのうちのどれかを諦めなければならないとしたら、どれを先に諦めましょうか」。先生は言われた。「まずは、軍備を諦めよ」。子貢が申し上げた。「もし、やむをえない理由で、残りの2つのうちのどちらかを諦めなければならないとしたら、どちらを先に諦めましょうか」。先生は言われた。「食物を諦めよ。古来から死は誰も免れることができないが、人民に信頼がなければ国家は成立しないのだから」。
※浩→孔子が子貢の政治についての質問に答えて、「国家成立のための政治の要諦(ようたい)」を3つの原理(食物・軍事・信頼)を通して語ったものです。
まず軍備を捨てるということを、今ならプーチン大統領やネタニエフ首相やトランプ大統領や北朝鮮のリーダーさんたちに実行してもらいたいところです。もちろん、他の国もそうです。軍備を捨てても、食糧の充足を捨てても、信頼だけは捨てられない。人民に信頼がないと国家は成立しない。ということは、今の日本の人々が政治家をほとんど信頼していないとすれば、国家は成立しないことになります。選挙の投票率はほぼ絶望的でした。高市首相の登場で、少し変化の兆しが見えてきました。このたびの(2月8日)の衆議院選挙の結果が気になります。多くの人が目先の快楽に溺れていて、しかも度重なる自然災害、さらに留まることを知らない物価高…。こうなると必然的にスピリチュアルになりますか?宗教に走る人たちもいるでしょう。
中央公論社の「世界の名著」~キルケゴールの編集者・桝田啓三郎氏の解説に、今も心に残る箇所があります。それは↓
小学四、五年のころ、私はよく母に連れられて仏教の講話をききに行ったが、あるとき、次のような寓話をきいた。
ひとりの旅人が広い野原で猛獣におそわて、とある古井戸の中へ飛び込んだ。さいわいなことに、井戸のなかほどのところに蔦のような植物があって、それにつかまって身をささえることができたが、井戸の底を見ると大蛇が大きい口をあけてひと吞みにしようと待ちかまえている。そればかりか、自分のつかまっている蔦の根元は、何匹もの鼠がたえずがりがりとかじっていて、いまにも切れてしまいそうになっている。井戸の外には野獣が怒り狂ったように井戸をのぞきながらうなっている。もはや絶体絶命、旅人は自分の滅亡を観念しなければならなかった。
人生とはそういうもので、救いは信心あるのみという主旨の講話であったにちがいないが、前後の話についてはまったく記憶がなく、この寓話だけが幼い心に消えがたい印象を残したのであった。そして講師が、哲学博士という肩書きのある高僧であったこと、講話が『信心銘』という書物からの引用句を中心におこなわれたことが、ふしぎに記憶から消えないでいる。
中学生になってから読んだトルストイの『わが懺悔』という本にもこの寓話が述べられていて、井戸のなかの旅人が、滅亡に瀕しておりながら、木の葉についている蜜を見つけてなめ、しばし死の恐怖を忘れる、というこの話のつづきのあることを知ったが、この本を読んだことが、幼いころの記憶をいっそう強める結果になって、その寓話が折に触れては思い出されることになった。(引用終わり)