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スレッドNo.242

論語でジャーナル’26

14,冉子(ぜんし)、朝(ちょう)より退く。子曰く、何ぞ晏(おそ)きや。対(こた)えて曰く、政あり。子曰く、それ事ならん、如(も)し政あらば、吾以(もち)いられずと雖(いえど)も、吾それこれを与(あずか)り聞かん。

 冉子が朝廷(あるいは家老の家の会議)から退出してきた。先生が言われた。「どうしてこんなに遅くなったのだ」。冉子は答えて言った。「政務があったからです」。先生が言われた。「お前が言っているのは(政務でなくて)事務だろう(あるいは、直接仕えている家老の季氏の政務だろう)。もし重要な政治の問題があれば、私が朝廷の重要な役職に就いていないといっても、その政務について聞いているはずだから」。

※浩→「名」は常に実体と関係するから慎重でなければならない、と、孔子は諭したのでしょう。「政務」などという大袈裟な言い方をしないように、所詮「事務仕事レベル」だろう。もしも本当に政務といわれるほどの重要な会議ならば、孔子が知らないはずはない、と。言葉の定義については、アドラー心理学もとても重視しています。古くから「名は体を表す」と言います。
 もう1つの解釈は、「会議と言っても、お前が言うのは、魯の国のための政治ではなくて、有力者である家老・季氏のだろう」。季氏のために奔走している冉子に対して、孔子は皮肉な忠告を返したのでしょう。君臣の義&礼の遵守を考えると、家臣である季氏よりも魯の君主のほうにより強い忠誠を誓って政務に励むべきだと孔子は考えていたはずです。
 「大義名分」ということについて考えてみます。儒学文化圏では古くから、君臣・父子などの関係(名)には、相応の責任・役割(分)が付随し、それは正当なる人倫の分限にもとづいた価値判断(大義)にもとづいて正否が定まると考えられていました。このため、古来より現実及び過去の経験的実証的知識の蓄積である史実と「華(=中華)・夷(夷狄:いてき)、内・外」・「是非善悪」といった名分を組み合わせて大義名分のありようについての議論が行われるとともに、これにもづいた倫理的価値判断をもって現実の事象を評価することが試みられたのです。日本の幕末の“尊皇攘夷論”も、これでしょう。以前放映された大河ドラマ「青天を衝く」でも描かれていました。一般に「大義名分」は行動の根拠・理由という意味で、特に、「正当な理由」「正当だと感じさせる理由」という意味で使用されています。「言い訳」「口実」という意味で使われることもよくありますが、もとは孔子による言葉で、江戸時代には、朱子学の影響で主君への忠誠を重んじる言葉として使われました。本来の意味を離れて使うと、例えば、「大義名分をふりかざす」などというように。昔、戦時中の日本では、「お国のため」「天皇のため」(=大義名分)と言えば、どんな理不尽なことでも大手をふってまかり通った時代がありました。官主導の班組織「隣組」と呼ばれる町内会組織で国民を縛り、物資の供出や配給、思想統制、相互監視の役割を担わせ、非協力的だと「非国民!」呼ばわりして、排除の論理で国民を支配していました。ドイツのことわざに、「愛国心とは、ならず者の最後のよりどころなり」というのがあるそうです。大義名分を押し立てられると、人が逆らえなくなることを憂えたものでしょう。思い切り飛躍するかもしれませんが、「虎の威を借る狐」という諺もあります。三代目市川猿之助の代表的な歌舞伎「伊達の十役」で、お家騒動が裁かれるお白州の場で、名奉行の細川勝元が仁木弾正一味の利益を計ろうとした同僚の罪をあばくところで、まことに効果的に使われていました。〆の言葉は、「まことに、水は縦には流れませぬなあ」でした。今でも会社でこんなシーンが見られそうです。
上司:君、来週金曜日に、うちと、T 社、Q 社、D 社が集まって、出荷額の調整について、申し合わせをすることになったから、君も出席してくれ。
部下:部長、え、それって談合ですか?独禁法違反ではないですか?
上司:何を青臭いこと言ってんだ。会社という大義名分のためだろう。うちの会社がつぶれてもいいと思ってんのかよ!

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