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スレッドNo.244

論語でジャーナル’26

16,葉公(しょうこう)、政を問う。子曰く、近き者説(よろこ)ぶときは遠き者来たらん。

 葉(しょう)の君主が、政治について聞かれた。先生は答えられた。「近所の者が喜んで集まるようであれば、遠来の者も自然にやってくるだろう」。

※浩→葉公は「楚」の国の重臣・沈諸梁のことで、孔子の晩年の友でした。その人が政治の要諦を問うています。孔子の答えは常識的で、常識的であるゆえに非の打ちどころのない答えである、と吉川幸次郎先生は述べられています。伊藤仁斎の解説も引用されています。「近距離にいる人民は、為政者のあらさがしをしやすいものであるが、実際の恩恵がしみわたっているために、悦服する。また年久しい誠意の堆積が、遠方の者を招き寄せる」と。
 ちょっと理屈っぽくは感じられます。貝塚先生は、「近所の人が喜びなつくようなら、遠方の人も自然に集まってくる」というわかりやすい訳を採用されます。国際平和を唱えることは容易でも、隣人と不和だったら、矛盾しています。ロシアとウクライナは先祖は同じなのに戦っています。愚かとしか言えません。儒学で「人を愛する」というのは、まず、家族・近隣から。それを次第に拡大して、多くの人を愛するようにということでした。「博愛主義」でなくて「兼愛主義」と言われます。「格物致知~誠意~正心~修身~斉家~治国~平天下」でした。対人関係作りが苦手だった私は、1997年に現在の家に越してきた当時、南北の隣家とのつきあいに苦慮していました。そういうとき、ちょうど野田先生が児玉先生にカウンセラー養成講座で、「しあわせは心こもらぬ笑顔(言葉)から」という作戦を伝授されていたことも思い出して、「これだ!」と、まず北隣に実行しました。旅行や出張の際に、ささやかなお土産をあげました。そうすると徐々に緊張が解けるし、さらには、その家のご主人が、私の大学時代のボート部の親友・行司伸吾君の兄の親友だったことがわかって、一気に親しくなりました。南隣とは、その後もしばらくは手こずりました。その家がリフォームされました。私が仕事から帰宅すると、わが家の門扉から玄関あたりまでが“泥水まみれ”でした。何ごとかと茫然としましたが、気を取り直して、もう半泣き状態で門扉を洗っていると、隣家の奥さんが出てきて、「お知らせしようと思ったけどお留守でしたから」と言って、「手伝いましょう」とも言わないでさっさと引っ込みました。さすがにこれにはキレました。そのくせ、私がわが家へ入り込んだ地域猫に餌をやっていると、今度は旦那のほうが、かなり攻撃的に、「お宅が猫に餌をやるから、うちがトイレになっていて、困る。キチンとお宅で飼うか、餌をやめるか、どっちかにしてください」と。うちで飼いたくても、昼間留守なので無理で、結局諦めて、餌をやめることにしました。そんなこともあって、ずいぶん長い間、その家とは距離を置いていました。それでも、諍いはなるべくやめようと決心して、その後徐々に、こちらから緊張を解いて平常心でつきあうようにしていくうちに、すっかり関係は改善して、その後は何ごともなかったかのように穏やかにおつきあいできています。そのご主人は、2019年のお正月に食道癌で亡くなられました。諸行無常です。

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