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スレッドNo.246

論語でジャーナル’26

18,葉公(しょうこう)、孔子に語りて曰く、吾が党に直・躬(ちょく・きゅう)なる者あり。その父、羊を攘(ぬす)みて、子(こ)これを証す。孔子曰く、吾が党の直き者は是れに異なり。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きことその中(うち)に在り。

 葉公が孔子に自信満々に語って言った。「私の郷土に、正直者の躬という人物がいる。躬の父が羊を盗んだときに、躬は正直に盗みの証人になったのである」。孔子は言われた。「私の郷土にいる正直者はそれとは違います。父は子のために罪を隠し、子は父のために罪を隠す。そういう見かけの不正直の中に本当の正直がこもっているのです」。

※浩→孔子は、「修身・斉家・治国・平天下」という順番で社会秩序は確立されると考えていて、家庭道徳の根本にある「親子の愛(孝)」を最も重要な徳性としていました。葉公が自信ありげに父親の窃盗罪をも隠さずに証言した正直な青年について語ったところ、孔子は、真の正直さとは「父・母を守りたい、子を守りたいという情愛」の中にこそあると語りました。正直さを判定する軸が、客観的な事実(葉公)と主観的な情緒(孔子)とに分かれているところが興味深いです。国家共同の利益を重んずるのは「法家」の思想で、家庭内の愛情を重んじるのが「儒家」の思想と言えますが、その儒家も愛は家庭内に留まるのではなくて、「斉家→治国→平天下」と、社会に拡大していくものです。アドラー心理学の「共同体感覚」のレベルは、例の3つのライフタスク「仕事→交友→愛」の順に高まっていきます。仕事は、永続しない対人関係ですから、勤務時間が終わってまで引きずる必要はないのです。日米で違いがあります。日本では、仕事の同僚は「交友タスク」と考える人が多いですから、職場で対人関係がこじれたりすると、家庭まで引きずって悩まされることがあります。アメリカでは、きっちりと「ビジネス」と割り切りますから、いくら職場でフレンドリーにつきあっていても(いや、そもそもフレンドリーにつきあわないか)、勤務時間が終了すると同時に、さっと別れて、それぞれのコミュニティに引き揚げていき、近隣のファミリーと交友レベルのおつきあいをするそうです。家庭問題が難しくなるのは、「愛のタスク」で、最も多くの協力を必要とするからです。永続し、かつ運命をともにする対人関係ですから。

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