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スレッドNo.249

論語でジャーナル’26

21,子曰く、中行(ちゅうこう)を得てこれに与(くみ)せずんば、必ずや狂狷(きょうけん)か。狂者は進みて取り、狷者は為さざるところあり。

 先生が言われた。「調和のとれた中庸の徳を持った人間を見つけて友とすることができない場合は、やむをえず、狂者か狷者を友人にするか。狂者つまり情熱家は積極的に行動するし、狷者つまり強情家は絶対に妥協しない。

※浩→孔子は君子の友人を得る基準として「中庸の徳」を重視していました。その中庸の徳を持った友人がいなければ(仕方ないので)、世間の欲得と保身で動く単なる常識人よりも、個性が強い狂狷の人物のほうが友にふさわしいと考えていたようです。温厚に見える孔子が、中庸の人がいないなら、狂者・狷者を友にせよということは、単なる常識人や俗物を軽蔑していたのでしょう。アドラー心理学では、非行傾向の少年たちと引きこもり傾向の少年たちとでは、立ち直りやすいのは、非行傾向のほうだと言われます。どうしてかというと、彼らにはエネルギーがあるから、それを有益な方へ転換できれば、即、立ち直れる、と言うのです。おとなしくて目立たない子どもたちは問題がないかのように見えても、自分にしか関心がなく、世の中のために貢献しようという意欲を持たないとすれば、このほうが問題です。野田先生は、中風の患者さんを例に説明されました。中風には、「突っ張り中風」と「ブラブラ中風」とがあって、「突っ張り中風」の人は、その突っ張る力を利用して快復が早いのだとおっしゃいました。古い話ですが、1989年の岡山でのアドラー心理学会総会に招聘したクリステンセン博士(当時、アリゾナ大学)は、講演の中で次のように語られました。
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 何年か前、高校の教師をしていたころ、オートバイ・クラブのアドバイザーになってほしいと言われたことがありました。革のジャンパーを着てタフで、とても意地悪い生徒のグループでした。彼らは宝物もたくさん持っていました。たぶん、他の車からラジエーターを盗んで手に入れたお金で買ったようでした。私は勝手に、彼らのお金でカードを作りました。カードには、「ハイスクールのオートバイクラブからあなたは助けられました」という言葉を印刷しました。そしてそれは、車が故障していた時にはタイヤを替えたりモーターを直したりするという意味です。彼らがラジエーターを盗むのではなく、他の車を助けるようになってほしいというふうに願ったのです。この長い話を手短に話すと、その結果彼らは地域の中で非常に有名になりました。そのクラブの会長は、チャリティープログラムの中で(知事から)賞をもらうほどになりました。
 私たちのコミュニティーの中にも若者が受け入れられて活動できる場がいくつもあります。学校そのものを良くする活動を通じて学校が良い場になりうることがあります。
 ツーソンというとても貧しい地区の学校での経験ですが、学校の窓を修理するたびに乱暴な子どもたちにいつも破られてしまっていました。学期末には窓は全部ベニヤ板で張られてしまう状態だったのです。ベニヤ板にしたことで、子どもたちは自分たちが何か失っているものがあるという気持ちを起こしました。私は学校の管理職の人たちと話して、1つの提案をしました。「夏休みの間に、子どもたちに窓ガラスを替えさせてはどうでしょう。そのような機会を提供してみませんか。窓ガラスを替える業者を雇うのではなく、替える方法を教える業者を雇えばいいと思うのですが」。次の年には、壊れた窓は1つだけでした。その窓を壊した少年は友だちから厳しく注意されていました。
 この方法は、すべての生徒に「学校は自分たちのものなんだ」という所有意識を提供することができました。
 ↑引用終わり

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