論語でジャーナル’26
26,子曰く、君子は泰(ゆた)かにして驕(おご)らず、小人は驕りて泰かならず。
先生は言われた。「君子はのびのびとしているが、威張らない。小人は威張るが、のびのびとしていない」。
※浩→前の章と同じく君子と小人の特徴の違いについて述べています。「泰」は、「ゆたか」。自己に自信を持つゆえに生まれる「落ち着き」である、と、吉川先生は解説されています。君子はゆったりとして堂々とした雰囲気があるが、小人は声を荒げて威張るばかりでその立ち居振る舞いに悠然とした余裕がない。ずいぶん前の「学而篇」に、「君子は重からざればすなわち威あらず。学べばすなわち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすることなかれ。過ちてば則ち改むるに憚る(はばかる)こと勿かれ」とありましたが、ここの冒頭にも「君子の威厳」が語られています。昔、在職中に、担当科目の「倫理」(「現代社会」でも)、古今の名言を生徒に暗誦してもらっていました。この箇所は暗誦指定でした。当時の土木科の男子生徒で、この箇所がずいぶん気に入って、わざわざ私に、「先生、ええことを書いとるなあ」と言いに来てくれました。もちろん、ばっちり暗誦して発表してくれたので、花○をあげました。
話は変わりますが、クラスへの所属を求めて生徒たちがさまざまな役割を演じます。適切な行動によって教師の注目を得られないと思い込んでいる生徒が、少しだけ良くない行動をすると、教師はそれを制するための対処(注目)をします。これがクラスでの問題行動の発生で、この段階できちんと対処しないと、生徒の問題行動はエスカレートしていき、教師は生徒の思うがままにリモコンされる結果、「焦り~怒り~憎しみ~絶望」と振りまわされます。どういう人がリモコンされやすいかというと、人格の成熟が未熟な人で、自分の幸福のスイッチを他人任せにしているとリモコンされやすいそうです。これはもちろん野田先生の受け売りです。「泰」は、「ゆたか」。自己に自信を持つゆえに生まれる「落ち着き」である、という吉川幸次郎先生の説明に深く納得できます。