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スレッドNo.266

論語でジャーナル’26

『論語』第十三「子路篇」

 子路の本名は「仲由」で魯国出身。孔子門下でも武勇を好み、そのためか性格はいささか軽率なところがある反面、質実剛健たる人物でした。『論語』には、性格の軽率さを孔子に咎められますが、その人物の率直なるを持って愛された姿が記されます(「我とともにするは、それ由なるか」)。弟子の中で『論語』に出てくる回数が最も多いです。

1,子路、政を問う。子曰く、これに先んじこれを労す。益を請う。曰く、倦(う)むこと無かれ。

 子路が政治について質問した。先生が答えられた。「人民の先頭に立って働け、そして人民を労(いた)わるのだ」。子路は「もう少し続きを」と言った。先生は言われた。「中途で飽きることがないように」。

※浩→子路が政治の要諦(ようたい)をたずねました。孔子は、子路の熱しやすく冷めやすい飽き性の性格を知っていました。人民の先頭に立って働いたり、人民をねぎらうことくらいでは満足できなくて、「もっと教えて」とせがむ子路に、「途中で飽きて投げ出さないように」と警告しています。微笑ましい師弟の様子がイメージできます。優等生ばかりが礼儀&秩序正しく、静まり返った雰囲気の中で「政治学」を学んでいるのよりも、こういう、やや、やんちゃなお弟子が先生に「もっと教えて」とせがんでいる教室のほうが活気があって、人間らしくて微笑ましいです。
 孔子がいかに子路を愛したかは、次のエピソードでもわかります。衛の高官にとりたてられた子路は??(かいかい)の内乱で戦死し、その死体は塩漬けにされました。これを聞いた孔子は深く悲しみ、家にあったすべての醢(食用の塩漬け肉)を捨てさせたと伝えられています。いかに子路を愛していたかがわかります。

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