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スレッドNo.29

論語でジャーナル’25

8,子曰く、憤せずんば啓せず、悱(ひ)せずんば発せず。一隅を挙げて、三隅をもって反(かえ)らざれば、則ち複た(また)せざるなり。

 先生が言われた。「心がイライラするくらいでないと指導をしない。口に出しかかってムズムズしてくるくらいでないと、教示しない。一隅を挙げて説明すると、三隅をもって応答してこなければ、二度と教えない」。

※浩→吉川幸次郎先生の解説がわかりやすいです。「憤」は憤慨の意味ではなく、ここでは「心が膨張して盛り上がること」。弟子が何か疑問を持ち悩みを持ち、そのために心が膨れ上がったときにはじめて啓(ひら)き導く。「悱(ひ)」とは、何かを言いたくて、しかもうまく言えず、口をモグモグさせていること。そのときはじめて、発(ひら)き導いてあげる。つまり弟子が自分自身で、充分な蓄積を持ちながら、しかも自分だけではどうにもならなくなったときに、はじめて助産師役を務める。また、弟子に蓄積がある場合には、物事のひと隅だけをつまみ上げて示せば、あとの3つの隅も連鎖反応的に理解して、こちらに応答する。そうでない場合は、まだ相手が成熟していないのだから、もう一度示してあげないで、相手の成熟を待つ。
 カウンセリングをする場合にも、講義をする場合にも、こうありたいと心から願います。現実には、カウンセリングで問題を提起されてすぐ助言(代替案提示)をすると、抵抗に遭ったりします。講義での質問に即答するのとは違います。昔、日本カウンセリングアカデミーでカウンセラー講座を受けていたとき、講義中の質問に講師は即答をしないで、「あなたはどうお考えですか?」と切り返していました。近くの席の受講者たちと一緒に深く感動したことがあります。アドラーの世界に移住すると、ありがたいことにほとんど「答え」がわかってしまうので、「それはね」と即答してしまいたくなります。指導者の野田先生は、「アドレリアンの悪い癖は、すぐ答えを言うことです。問題を聞いてすぐ答えを言っては、来談者は問題があるたびに質問しないといけない。答えを言うのではなく、解き方を教えてあげるように」とお説教されました。十分わきまえてきたつもりですが、油断すると即断即答していて、抵抗に遭います。そのたびに初心に戻って、情報収集を丁寧にやり、きちんと解釈投与して、それが認識反射をともなって受け入れられたのちに、「代替案」を、まずは来談者に考えてもらって、どうしても思いつかない場合に限って、こちらからいくつかの選択肢を出して、来談者に実行可能なものを選んでもらうようにしています。今日の論語はそのことをまた思い知らせてくれました。グッドタイミングです。
 昔、岡山工業高校在職中に、岡山大学ボート部のコーチを依頼されたことがありました。あのころは進路指導課に所属していました。この学校へは1980年に赴任して、最初の2年間は「民主教育指導室」(その後「同和教育指導室」に改名)、次の1年は「視聴覚教育室」、その次の3年間が「進路指導課」でした。まだ40歳を越えたばかりの若い自分は、放課後には学校の自転車を借りて旭川にすっ飛んで、練習の様子を橋の上や堤防から見て、指摘することがあれば手を振って合図をして、艇を岸につけてもらってアドバイスをしていました。コーチの仕事はあまり自信はありませんでした。自分は「優秀な選手」だったと自負していますが、選手の指導には自信はありません。他人の技術をとやかく言うことに抵抗がありました。自分にできることが即他人にできるとは限らない。それでもしばらく期間は続けました。そのうち進路指導課では企業からの求人依頼がくるようになると、授業から戻ると、求人の来客が待ち受けているのが常識になり、しかも折しも「花の土2B」という教師生活中最も恵まれたクラスを担任していて、放課後に川へ行くのが困難になり、きっぱりやめました。コーチを引き受けたときのボート部の部誌に「コーチの弁」を載せました。そこに、今日の論語を引用していました。「憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず」。これを読まれた、故・三宅一雄兄が「なかなか説得力がある」とお便りをくれました。三宅兄は、私より4歳上の同期生です。マスターズなどに出場されるバリバリのオアーズマン現役でしたが、80歳で急逝されました。今、私はその年齢を超えてしまいました。連日の猛暑を何とか乗り越えて、そこそこ元気に生きています。訊かれたらすぐ答えるのを控えないといけません。

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