論語でジャーナル’25
20,子は怪力乱神を語らず。
先生は、怪異、暴力、乱逆、鬼神について講釈されたことはなかった。
※浩→孔子の思想が「無神論」であることを思わせる有名な一節です。中央公論社版「世界の名著/孔子・孟子」では、ただ怪・力・乱・神と4つに分ける説と、怪力・乱神と2つ分ける説があるとだけ解説があります。一方、前回にも紹介した、朝日新聞社「中国古典選/論語」では、吉川幸次郎先生がとても詳しく説明されています。そこから引用すると、「怪とは怪異なり」で一般に不可思議なこと、「力とは奡(ごう)や烏獲(うかく)」──伝説中の暴力的な英雄──のたぐい」で、「乱とは臣の君を弑(しい)し、子の父を弑する」──つまり、無秩序──を謂い、「神とは鬼神のこと」を謂う。それらを語らなかったのは、「教化には益なく、言うに忍びざる」からだとあります。謝良佐(中国北宋時代の儒学者)が「聖人は常を語りて怪を語らず、徳を語りて力を語らず、治を語りて乱を語らず、人を語りて神を語らず」と言ったのはここの意味を正しく説いているそうです。
一方、荻生徂徠は、孔子はこれら4つのことを、全然語らなかったのではなくて、日常いつもの世間話の中では、これらにも言及したでしょううが、ただ弟子に対する教訓としては語らなかったと言います。私たちには、こちらのほうが納得しやすいです。
アドラー心理学も超越的なことは語りません。それは、アドラーが暮らした当時のオーストリアの事情を知れば理解できます。まずオーストリアは多民族国家で、多彩な宗教が入り交じる「民族の十字路」のような地理とも関係があります。「アドラーが暮らした国と街」を創元社発行の『アドラーの思い出』(柿内邦博他訳)から引用します。
□オーストリア(ハプスブルク)帝国について
ヨーロッパで古い歴史を持つハプスブルク家が支配していた地域のことを「ハプスブルク帝国」と呼んでいます。ハプスブルク家は、10世紀ごろ、西南ドイツ地方に興り、13世紀にはドイツ国王に選出されています。15世紀半ばからは神聖ローマ皇帝の位を独占し、ナポレオンによって神聖ローマ帝国が滅ぼされた1806年からは、オーストリア皇帝を称します。
ハプスブルク帝国が支配した領土は、第一次世界大戦前には、現在のオーストリア、ハンガリー、チェコ、スロヴァキア、イタリアの一部、ポーランドの一部、ルーマニアの一部、スロヴェニア、クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナにまで及びました。
ローマ・カトリック教あり、プロテスタント諸派あり、イスラム教あり、もしかしたら仏教徒もいたかもしれない状況で、アドラーが特定の宗教に依っていては、他宗教・他宗はの人にアドラー心理学が受け入れられません。そこで宗教的には、ニュートラルで、アドラー心理学を「思想の根っこ」にしたのでしょう。そうすれば、アドラー心理学というベースの上に、さまざまな宗教が乗っかることが可能です。アドラー心理学に「価値相対主義」という立場がありますが、このことと関係がありそうです。また、アドラー心理学が単なる土着思想でなくてスピリチュアル・クリエイティブな思想であるためには、「根源的な力」を認めるわけにはいかないのです。
アドレリアンでは、鎌田穣大先輩や大分の木村欣一郎さんがカトリック教徒です。その鎌田さんも現在はアドラーを去られています。