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スレッドNo.67

論語でジャーナル’25

24,子、四つをもって教う。文、行、忠、信。

 先生の教育は、次の四つが重点であった。学業、実践、誠実、信義。

※浩→ここは、『世界の名著』にも『中国古典選』にも、説明がまったくありません。孔子の教育方針ですから、今さらとやかく解説する必要がないのでしょう。
 孔子の教育方針の、前2つ「文」「行」は行為の部分で、あとの2つ「忠」「信」は精神の構え部分でしょうか。ちなみに、アドラー心理学の学び方を野田先生は「読・思・修」とおっしゃいました。「読」は、本や講演・講義から知的に学ぶ。「思」は、学んだことを鵜呑みにするのではなく、自分で考えて「解する」こと。「修」は実践です。「アドラー心理学は生きた知恵であり、人から人へと伝承されます。本の中には生きたアドラー心理学はありません。アドラー心理学を実現して生きている人に会って学ぶ以外に、アドラー心理学を学ぶいかなる方法もありません」と前にもありましたが、ここでは短く「交流」と呼んでおきましょうか。「読・思・修・交流」と揃えば完ぺきです。
 もう1つ、相談的人間関係の4つの柱というのがあって、これは、「相互尊敬・相互信頼・協力・目標の一致」です。前の2つが精神的な構えのようで、あとの2つが行為のようでもあります。昔、頻繁にアドラーギルドの事例検討会に参加して、自分のケースにコメントをいただいたり、他の先輩カウンセラーの事例から学ばせていただいたりしていましたが、あるベテランのカウンセラーのケースが行き詰まって先へ進まないという報告があったとき、野田先生が、「こういうときは初心に帰って、相互尊敬・相互信頼をきちんとできているか自己点検するように」とコメントされていました。高度な技術を持つ方でも、クライエントに対する尊敬・信頼が足りないと、カウンセリングがうまく運ばないということです。学校でも、教科・生活の指導力の大変優れた先生が、生徒の抵抗に遭って、しょっちゅうトラブっていることがありますが、これも、「相互尊敬・相互信頼」の欠如だと考えると、打開できそうです。が、残念なことに、そういう先生はご自分のやり方に固陋されていて、まず学習会等に参加されません。「ニーズのないところにカウンセリングなし」で、アドラー心理学の救いの手は届きません。が、まずとにかく自分が実践する。そうしていると一緒に学びたいという仲間が増えていくことを期待するしかありません。

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