論語でジャーナル’25
26,子、釣りして綱(こう)せず。弋(よく)して宿を射(い)ず。
先生は釣りはなさったが、延縄(はえなわ)をかけられなかった。射ぐるみで鳥をとられたが、ねぐらの鳥は射られなかった。
※浩→「綱(こう)す」は、流れを横断して縄を張り、それにいくつも釣り糸をつけて魚をとること。日本の延縄(はえなわ)に似ている。「弋(よく)す」は、矢に糸をつけて鳥を射ること。以上は「世界の名著」の貝塚茂樹先生の解説です。
孔子は、趣味としての魚釣りと猟をたしなんだが、度を超した殺生をしなかった。何事も適度を越えないのが孔子の生活ぶりだったのでしょう。「中国古典選」の吉川幸次郎先生は、さらに、矢に糸をつけて鳥を射たけれども、射たのは飛んでいる鳥だけで、枝に止まり、眠っている鳥を射ることはなかったと解説されます。この説明で、いっそう、孔子の生き物に対する細やかな心遣いが伝わってきます。私は、小さい生き物が好きで、子どものころは、秋の「コオロギ」とか「鈴虫」とかをつかまえて、虫籠に入れて飼っていましたし、「蛍」も必ずつかまえに行って、籠に入れて楽しんでいました。田舎の家ではムカデが出ていました。当時の田舎の家には紙を貼った障子があり、障子紙をムカデが這うと、ゾロゾロという結構大きな音がします。家族全員座敷で寝ていて、音がすると父親がむくっと起きて、箒ではたき落としていました。記憶が違っていたら妹が修正してくれます(笑)。母はお箸でそっとムカデをつまんで「火鉢」か「七輪(かんてき?)」でジリジリと焼いていました。スルメの焼けるような匂いがしました。タンパク質は同じか。
私は高校1年生のとき、表の畑に積み上げている藁の山に浴衣姿で仰向けに寝て、中間考査の「生物」の勉強をしていたら背中がムズムズしたので、そろーっと浴衣を脱いで振り回したら、大きなムカデが出てきて、しかもしっかり刺されていました。すぐ母がアンモニアを塗ってくれましたが、なんと、翌日の試験(生物)で満点を取りました。あれは文殊菩薩様が助けてくれたのかもしれません。ムカデは文殊菩薩のお使いだと、桂米朝師匠が何かの落語の枕で語っていました。あるとき、文殊菩薩がムカデにお使いを頼みました。支度をしているムカデがなかなか出てきません。菩薩が様子を見に行くと、「えらいすんまへん。ワラジ履いてまんねん」。私は人を害さない小さな虫は大好きで、今でも、家の中を小さな蜘蛛が這っていると、そのまま放っています。掃除機をかけていて吸い込みそうになると、逃がしてやります。洗濯物干し場や雨樋などに小さな蜂の巣ができています。これもよほど危ない場合には除去していましたが、そうでない場所に「人と平和に住み分けてくれている」なら、そのままにしてあります。暖かくなると門扉のあたり、庭木のまわりなどを蝶々も一緒に機嫌良く飛んでいて、私が歩くと顔のまわりを飛びますが、「はっちゃん」と声をかけても襲ってきません。家の工事などで、職人さんたちがお昼を門扉あたりに座ってとられていると、数匹のコバチが飛んだりします。職人さんが驚いて払いのけようとするので、私は「大丈夫です。うちの蜂は迫害しなければ何も害をしません」と言ってあげます。あるとき一度電気屋さんが軒先の樋に巣を見つけて、梯子をかけて除去しようとしてくれました。すると、巣の中から数匹の蜂が飛び出して、電気屋さんに襲いかかりました。さいわい刺されることなく、巣を取り除きましたが、家主の私を襲わないで。実行犯を狙いました(笑)。
妹の家では昔から動物を飼うのが好きで、昔は犬も飼っていて、その後は金魚か熱帯魚か、手乗り文鳥かインコだったかジュウシマツだったかも飼っていました。最近は「ウサギ」です。家族全員がこまめに世話をするそうです。実際はほとんどは妹の手にかかっているんでしょう。わが家では猫を飼いたいのですがひとり暮らしでは無理なようです。