論語でジャーナル’25
36,子曰く、君子は坦(たん)として蕩々(とうとう)たり、小人は戚々(せきせき)たり。
先生が言われた。「君子(立派な人)はやすらかでのびのびしている。小人(つまらない人)はいつでもこせこせしている」。
※浩→吉川幸次郎先生は、次のように解説されています(「中国古典選」)。
大変含蓄のある言葉である。程子が、「君子は理すなわち道理に循(したが)う、ゆえに舒(ゆる)やかに泰(やす)し、小人は物に役(ひか)る、ゆえに憂い戚(いた)むこと多し」と言っている。
仏教で「道理に従う」というと、「諸行無常」「諸法無我」の道理を知ることです。知らないのが「無明(むみょう)」で、それが縁となって「苦」が生じるということになります。執着(しゅうちゃく)を滅すれば涅槃(ねはん)に至り平安が得られます。
古代ギリシャの哲学者・エピクロス(紀元前4世紀)は精神的快楽を求め、「身体に苦痛なく、心に煩いなし」を善しとしました。苦は正しい知恵によって克服できます。人を苦しめる“ビッグ2”は「神と死へのおそれ」で、次のように克服します
「死はわれわれにとっては無である。われわれが生きている限り死は存在しない。死が存在する限りわれわれはもはや無い」
「われにパンと水さえあれば、神と幸福を競うことができる」
「われわれが快楽を必要とするのは、ほかでもない、現に快楽がないために苦痛を感じている場合なのであって、苦痛がない時には、我々はもう快楽を必要としない」
面白いのは、次のような考え方です。「神をおそれることはない。なぜなら、神は人間の願いを聞き届けることはないから。もしも神が人間の願いを全部かなえていたら、人類は滅亡していただろう。なぜなら、人間は人の不幸を願うものだから」。
昔、岡山大学でボート部員だったころ、監督さんは高島勇さんという「フジタ」副社長さんと同姓同名のお方でした。岡山大学の前身・第六高等学校のOBではないようで、当時は、どんな経歴のお方か知らないまま、指導を受けていました。藤原潔先輩はよくご存じだったと思います。お宅は西大寺で、たびたびクルー全員で指導を仰ぎに訪宅しました。温厚なお人柄が選手たちから慕われていました。私は、頑なまでに監督の指導を文字どおり実行して、漕ぎ姿をよく誉められていました。手先が不器用な私は、身体全体で覚えることは得意だったのかもしれません。4歳年上の同期生で、主将で整調を漕いだ水野久隆さんは、高島監督の他に、実業団で全国クラスの品川白煉瓦(@備前市)のボート部の指導をも仰いでいました。高島先生とは少し漕法が異なりました。今にして思うと、高島先生の漕法は、重い艇の「ナックルフォア」に向いていたようで、軽いシェル艇には品川方式のほうが向いていたのではないかと思います。その品川の監督さん(確か、田淵さん)がおっしゃっていたひと言を思い出しました。「得意淡然、失意泰然」でした。
「勝って奢らず、負けて僻(ひが)まず」ですと、勝敗に一喜一憂しないで、レースに勝っても淡々としていたいし、負けても感情的に落ち込まず、泰然としていたいです。心理学で「不合理な信念」の1つに、“All or Nothing”というのがあります。勝って一番でなければ、負けて一番(最下位)というパターンでしょうか。私はときどき、自分の働きかけに希望どおりの反応が得られないとき、その働きかけを無に(なかったこと)にして、心の平安を保とうとしてきました。昔、野田先生に「アドラーネット」で質問をして、数日以内にRes.がなくて、投稿文を削除してしまいました。そういうときに限って、即、先生からのRes.が入りました。野田先生は、「あらら……消えちゃった。ま、もとの質問はわかっているので、お答えしておきます」とやられて、赤面したことがあります。最近までやっていました。自分のホームページで、読者の書き込みがないと投稿を削除したり、パスワードを変更したりしていました。いつまでたっても幼稚なライフスタイルです。
「得意痰然……」は、昔は出典も知らないで、ただ覚えていましたが、今はネットで検索できます。次のようにありました。
「自ら処するに超然、人に処するに藹然(あいぜん)、事有るときは斬然(ざんぜん)、無事に澄然、得意なるとき憺然(たんぜん)、失意なれば泰然」という、明(みん)の朱子学者崔銑の言葉だそうで、世俗の物事に拘泥せず、人には和やかに応対し、事あれば心新たに対処、無事ならば明鏡止水の心で、得意なら心を静め、失意凋落に際しては泰然自若にという意味です。