おはようございます
9087 薔薇苗を両手にぶら下げ娘婿:くりおね(薔薇)
9088 薔薇求む送る本数思案せり:嫋(薔薇)
9089 憲法記念日平和を求む日なりけり:浜風(求む)
寂仙様 農家は農家で大変だったのですね。
昭和100年にちなみ思い出すこと多し。生活にまつわること三つほど。
(1)「米穀通帳」(確かこんな名前だったように記憶しているが)お米をはじめいろいろな生活物資が配給になっていたが、これがないと家族分の配給が受け取れないので、命の次に大切なものであった。
(2)「経済警察」闇物資の取り締まりをやっていた。よく聞いた話では田舎と町を往き来する列車に乗り込んできて闇物資を運んでいるところを捕まえるのである。闇物資の主体は米であった。闇物資の運び人は捕まえられる寸前に線路にぶちまけ没収や逮捕を逃れていたという。
(3)「タケノコ生活」私たちは疎開者であったので、食料の調達に苦労した。母はわずかばかりの大切な着物を一枚また一枚と農家に持って行き物々交換で食べ物と代えて貰っていた。勿論お米などには代えて貰えず、よくてさつまいもとか南瓜だったらしい。(現在のように甘くて美味しいものでなく、ただただ水っぽく大きいだけのものだった。)時には、さつま芋の葉っぱや蔓だけということもあったらしい。それでも空腹を満たせた。
父は応召で不在であったので母は苦労したとよく言っていた。