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スレッドNo.61

裏第七話 行雄VS明男

肉体は滅びても、その精神は決して滅びることのない、俳界の不死鳥、秋元不死男。その、フェニックス不死男は、正岡子規に強い憧れを持っていました。それは嫉妬にも似た感情で、子規の作品よりも、その精神性に向けられていました。そのため、不死男の生活には、必要以上にストイックに振舞ってみたりと言う漠然としたものから、日常生活上の細かいディテールに至るまで、子規の模倣が垣間見られました。それも、ただの模倣ではなく、常に「子規を超えたい」と言う願望が極端に強かったため、やることなすことオーバーアクションで、まるでアメリカの三流テレビドラマの世界のようでした。

不死男の飲み友達、山口誓子も、子規に強い憧れを持っていましたが、誓子のほうは、どっちかって言うと、大っ嫌いな桑原武夫を凹ますために、子規の精神性をベースにして、鉄壁の持論を展開して行ったのです。武夫の「俳句第二芸術論」に対して、真っ向から勝負を挑むには、理論だけではなく、強靭な精神性が必要だったのです。

そんなワケで、不死男と誓子は、飲み友達であるとともに、「子規のマネッコ」と言う子供じみたライバル同士でもあったのです。

子規が、弟子の高浜清に俳号をつける時、清→きよし→きょし→虚子、とした、と聞けば、不死男も誓子も、すぐに「それを超えなくちゃ!」と思っちゃうのです。でも、こんなアホらしいダジャレみたいな俳号のつけられ方をされて、喜ぶ俳人なんかいるワケありません。と言いつつも、現在よりも数倍厳しい封建的な俳句結社において、主宰のお言葉は神のお言葉。主宰が、「ビデル星からスカラー波が襲って来る!」と言えば、同人から入信したての初心者に至るまで、全員が白装束に着替えなくちゃならないのです。そして誓子は、自分の結社「天狼」で、メキメキと頭角を現し始めていた熱心な信者、高橋行雄を呼び出し、自ら俳号を授けるのです。

高橋行雄→たかはしいくお→たかは・しいくお→たかは・しゅぎょお→鷹羽狩行!(笑)

これで子規を超えたっ!と、心の中でニヤリと笑う誓子と、こんな俳号のつけられ方をされても、大喜びしてしまう熱心な信者、上祐‥‥じゅなくて、行雄。

この話を聞いて、面白くないのは不死男でした。それで不死男は、この高橋行雄を自分の結社「氷海」に同人待遇で誘い、無理やりにフタマタをかけさせちゃうのです。

現在でさえ、藤田湘子のように「生涯、師は一人」なんて頭の古い縄文人の多い俳壇なのに、当時の厳しい状況下でフタマタをかけるなんて、よほど世渡り上手な奴じゃないとできない至難のワザなのです。しかし、誰よりも上昇志向の強かった行雄は、誓子の他に不死男の弟子にもなれると言うこんなラッキーなチャンスを逃すはずもなく、自分の結婚式の仲人を不死男に依頼する、と言う伊東家の裏ワザを使い、両方の師の顔を立て、それからもスイスイと、俳壇と言う複雑な氷のリンクを濡れたスケートの刃で器用に滑って行ったのです。

しかし、田舎から出て来て、二人の師をうまく利用し、その地位を確立しつつある行雄を見て、口には出さずとも、心の底からムカついていた男がいました。

俳壇と言う狭いリングの中で、金髪をなびかせ、竹刀を振り回し、タイガージェットシンとタッグを組んで大暴れしていた男、上田馬之介です。
上田馬之介は、本名を上田明男、俳号を上田五千石(ごせんごく)と言い、行雄と同じに、不死男の結社「氷海」の同人でした。何よりも歳時記を大切にし、季を忠実に捉え、目の前のものを見て感じたことをその場で切り取って行く、明男の「眼前直覚」と言う手法は、主宰の評価を第一と考え、主宰の選に入るためなら平気で嘘の句を作る行雄の方法論とは正反対であり、明男は、そんな行雄を軽蔑さえしていました。

行雄は、二人の師を踏み台にして、結社「狩」を創刊、主宰しました。そして明男は、「畦」を創刊、主宰します。

行雄と明男は、それぞれの結社を持つようになると、その方法論は作品だけではなく、結社の方向性や自らの生き方にまで顕著に表れて来ました。

モノを見ながらも、自分の主観を優先し、ひたすら「虚」の句を発表して行く行雄。その作品は、想像の世界で作られているために、人目を引く派手さがあり、秋桜子派の俳人たちが成し遂げられなかった「見たような嘘」の世界を新しい感覚で構築して行ったのです。それに比べ、同じ「感覚派」であっても、嘘をつくことを何よりも嫌った明男の作品は、斬新な切り口はあっても派手さはなく、逆に愚直とも言えるほどの回顧性を持っていたため、行雄ほどの評価は受けられませんでした。

そして行雄は、俳壇と言う虚の世界の最高の地位にまで上りつめ、明男は、平成9年に63才と言う若さで急逝してしまいます。

つまり、虚が実に勝ったと言うことなのでしょうか。

しかし、行雄がノンキにしていられるのも、あと僅かでしょう。明男の娘、マキ上田が、ビューティーペアを経て、現在は結社「ランブル」の主宰となり、父の仇を討つために、密かにその首を狙っているからなのです(笑)

  萬緑や死は一弾を以て足る 五千石

※今回の俳話には、一部ギャグとしての嘘がありますが、鷹羽狩行の俳句ほどの嘘ではありません(笑)

編集・削除(編集済: 2022年09月07日 13:07)

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