裏第二十話 ネコにも解かる旧仮名講座
俳句を書く場合の平仮名は、「あいうえお」の現代仮名遣い、つまり新仮名と、「いろはにほへと」の歴史的仮名遣い、つまり旧仮名があります。これは、どちらを使っても構いませんが、どちらかに統一しなくてはなりません。同じ作者が、句によって新旧の仮名を使い分けたりすることは許されませんし、ましてや、一句の中に両方の仮名が混在するなどと言うことは、言語道断、傍若無人、焼肉定食、麻婆豆腐って感じです(笑)
俳話の「神々の宿る言葉」の項に書きましたが、新仮名は46文字、旧仮名は「ゐ」と「ゑ」が増えて48文字ですが、たった2文字の違いが格段の表現力の違いにつながるので、あたしは旧仮名を使っています。
好きで新仮名を使っている人は、別にそれで良いと思いますが、本当は旧仮名を使いたいのに、難しそうだから、良く解からないから、と言う理由で仕方なく新仮名を使っている人も多いと思います。
今回の俳話は、そう言った人たちのために、『ネコにも解かる旧仮名講座』をお届けしましょう♪
まずは、旧仮名にしかない「ゐ」と「ゑ」についてです。同音の「い」と「え」は「あ行」、つまり「あいうえお」に含まれていますが、「ゐ」と「ゑ」は「わ行」、つまり「わゐうゑを」に含まれています。
動詞に使うのは、「ゐ」は「用ゐる」「率ゐる」の二つだけ、「ゑ」は「植ゑ」「飢ゑ」「据ゑ」の三つだけ、これ以外の動詞には使いませんので、この五つだけ覚えておけば完璧です。
ね!ネコにも解かりそうでしょ?(笑)
続いては、一番間違いの多い「追い」→「追ひ」などの「あいうえお」が「はひふへほ」に変化するものについて、「はひふへほ」の権威、和田アキ子さんとアシスタントのバイキンマンさんに説明してもらいましょう。
「追ひ」は正解だけど、「老ひ」は間違いです。「老い」は旧仮名でも「老い」なのです。そのままでいいのか、それとも「は行」に変わるのか、簡単に見分ける方法は、活用形を変化させてみれば良いのです。
たとえば「追い」の場合は、「追う」「追え」となります。つまり、「い・う・え」と言う「あ行」の活用形なので、「追ひ」「追ふ」「追へ」と、どの形でも「は行」に変化できるのです。でも「老い」の場合は、「老う」とは言いません。「老ゆる」となります。これは「やいゆえよ」の「や行」の活用形ですから「は行」には変りようがないのです。
ひとつの動詞が、活用形によって「は行」に変ったり変らなかったりすることはありませんから、解からない場合は、他の活用形にしてみれば良いのです。
「老い」は、ちょっと難しく言うと「や行・上二段活用」と言う活用形に分類され、この仲間は、他に「悔い」と「報い」だけなのです。
この他に間違えやすいのは「や行・下二段活用」のグループです。たとえば「冷え」「消え」「見え」などですが、これらは「冷やす」「冷ゆる」「冷える」のように、「あいうえお」でなく「やいゆえよ」と変化しますので、旧仮名でもそのままで良く、「はひふへほ」に変えてしまったら間違いになります。他にも「甘え」「絶え」「萌え」などがこのグループで、全て変化しません。たまに「消へる」「萌へる」などと書いている人がいますが、これは間違いです。
つまり、「あいうえお」と変化して行く「あ行」の活用形のものは、すべて「はひふへほ」に変わり、「わ行」のものは「ゐ」と「ゑ」に変わり、それ以外の活用形のものはそのまま、と言うワケなのです。
でも本当は、一番良いのは、解からなかったり自信がなければ、そのつど辞書を引くことです。たいていの国語辞典には、旧仮名で変化するものには、「追う(オフ)」と書いてありますので、何度も辞書を引いているうちに、自然と覚えて行きます。
さて、続いては、名詞です。俳句を書く上で名詞と言うものを考えると、季語と季語以外のものに大別することができます。季語の場合は、歳時記を見れば、「紫陽花/あじさい/あぢさゐ」「鬼灯/ほおずき/ほほづき」などのように、漢字、新仮名、旧仮名と全て書かれているので、すぐに分かります。問題は、季語以外の名詞の場合です。旧仮名での表記は、国語辞典には動詞や形容詞だけ、歳時記には季語だけしか載っていないので、それ以外の名詞などを調べる場合には、古語辞典が必要になります。
古語辞典は、国語辞典と同じくらいの価格で、小型のものでも1500円から2000円程度します。ですから、もし購入するのなら、絶対に古本屋さんがオススメです。
あたしは10年以上前に、高円寺の古本屋さんで300円で買いましたが、今でも町の古本屋さんなら300円から500円、チェーン店のBOOK OFFに行けば、程度の良いものが500円から700円で手に入ります。
古語辞典は、もちろん辞書としての活用が目的ですが、歳時記と同じように、読み物としても面白いのです。パラパラとめくっていると、昔の面白い言葉が色々と出て来て、俳句のネタになるのです。
「ちょうちょう」が「てふてふ」、「しずか」が「しづか」くらいは、別に旧仮名を使っていなくても知ってると思うけど、旧仮名で俳句をやっていても、多くの人が勘違いしている言葉もあるのです。たとえば、「かおり」を「かほり」と書く人を良く見かけますが、「ら句・楽・俳句」の井上かほりさんには申し訳ないのですが(笑)、正しくは「かをり」と書くのです。
ですから、手元に古語辞典を置き、分からなければすぐに引く、ヒマさえあればパラパラを踊る‥‥じゃなくて、パラパラとめくる、と言うクセをつけておくと、旧仮名がどんどん身について行く上に、勘違いして覚えていた旧仮名表記に気がついたり、思わぬ俳句のネタを拾ったり、現代生活を送っていては絶対に出会わないような語彙が増えて行ったりと、いいことづくめなのです。
それにしても、『ネコにも解かる旧仮名講座』とか言っておきながら、結局は古語辞典を買って自分で調べろって言うんだから、あたしって、ヤッパ無責任なのでせうか?なんて、最後だけ旧仮名で書いてみたりして♪(笑)
《おまけコーナー》
今回の旧仮名については、やはり文章だけだとなかなかうまく説明できなかったので、この裏俳話集の下に「旧仮名の基礎知識」をリンクしました。とても解かり易いので、覗いてみて下さい。
※「旧仮名の基礎知識」の中の新仮名→旧仮名の対比表で、「坊っちゃん」→「坊つちゃん」となっていますが、これは間違いで、正しくは「坊つちやん」です。
図書館註:「旧仮名の基礎知識」はサイト消滅のせいか見当たらないので、撫子司書推薦の『簡単に覚えられる歴史的仮名遣ひ』のサイトを御紹介します(下のきっこの隣の矢印をクリック)。しかし、きっこさんも言っていたようにつど辞書で確かめるのが一番間違いがありません。