裏第二十六話 ありがとう!「楽・ら句・俳句」
昨日、7月17日、井上かほりさんのHP「楽・ら句・俳句」が閉鎖しました。
あまりにも突然のことで、一番好きなHPだったので、あたしは言葉にできないほどのショックを受けています。
あたしと「楽・ら句・俳句」の出会い、と言うより、かほりさんとの出会いは、数ヶ月ほど前に遡ります。
色々な俳句のサイトを渡り歩いていたあたしは、ほうぼうで嫌な思いをしていました。あるサイトでは「句歴の長い人は、良く問題を起こすから」と言う理由で句会の参加を拒否され、またあるサイトでは、他人の句に対して、思ったことをストレートに言い過ぎたために反感を買い、吊るし上げられました。
あたしの覗いたほとんどのサイトが、歯の浮くような言葉でお互いの句を褒め合う馴れ合いサイトで、真剣に俳句をやりたいあたしにとっては、どこも時間の無駄でしかありませんでした。
そんな時、どこかのサイトのリンクから「楽・ら句・俳句」を知ったのです。
あちこちのサイトで嫌な思いをしていたあたしは、とても臆病になっていて、最初の書き込みをするまでに、2週間近くかかりました。その間、サイト内のすべてのコンテンツをくまなく見させてもらいました。初心者に対する、とても温かくて、それでいて適切な指導、掲示板における親切なレス、毎日のマメな更新‥‥。
そして、そのサイトの管理人の俳句に対する想い、人柄が見えて来たのです。
あたしは、匿名可の掲示板に、「こちらの句会は、投句せずに選句だけすると言うことはできますか?」と書き込んでみました。それは、あるサイトで、俳句歴が長いと言う理由で、投句を拒否された経験からでした。
こんなぶしつけな匿名の質問に対しても、管理人さんは、とても丁寧に答えて下さいました。それが、かほりさんとの出会いでした。
かほりさんの人柄を表すエピソードとして、こんなことがありました。
ある日、どこかのHPの宣伝コピーが、かほりさんの掲示板に貼り付けてありました。まったく俳句に関係ないHPのもので、無差別にペーストして回っていることが一目瞭然のコピーなのに、かほりさんはわざわざ相手のサイトを訪ね、キチンと中を見て、その感想まで書いていたのです。
あたしだったら、一読で削除してしまうような失礼なペーストに対してまで、ちゃんと対応していたのです。
しかし、どんなに人柄が良くても、俳人として尊敬できなければ、交流を持っても意味がありません。
あたしは、別にネットの「お友達」を探していたワケではなく、お互いに刺激し合い、磨き合い、勉強し合える俳人のいるHPを探していたからです。
そして、かほりさんのWEB句集「跣足の母」を読み、その感性の豊かさと俳諧性の高さに感動し、病気のお母さんをずっと看ていると言う背景があたしと同じなので、親近感まで持ってしまったのです。
インド象見てぶり返す春の風邪 かほり
恋猫の浅き眠りを跨ぎけり
たんぽぽや石の近くに火をおこす
ひりひりと昼の深まる蝉の殻
はめ外すかも重ね塗る寒の紅
三日月へ父の鉄砲たてかける
すべすべの穴より見れば月に黴
毛糸屋へ明るい電車乗り継いで
ががんぼに遊ばれてゐる目鼻かな
本降りとなる佐保姫のふくらはぎ
猫の子の跨いでゆきし通信簿
物申す胸に鴬餅の粉
鶏頭のぐらりと真昼ひき返す
故郷へわづか近づく栗拾ひ
八月の潮の匂ひや床柱
鶏小屋にすこし風ある雪月夜
こほろぎの顔羊羹に優る艶
春の野のわたしの羽化を見においで
鉢巻をほどけば葱の長さなり
砂に描く跣足の母を乗せる舟
まだまだ他にも、たくさん好きな句はありますが、一部だけ抜粋させていただきました。
どんなに疲れていても、毎日毎日、睡眠時間を削ってまでも大切に育てて来たHP、かほりさんの俳句に対する想い、そして集まって来る人たちに対する愛情がいっぱい詰まったHP、それが「楽・ら句・俳句」だったのです。
どんな事情があるにせよ、こんなに大切なHPを閉鎖しなくてはならないなんて、かほりさんの心情を想うと、切なくて涙が止まらなくなります。
「楽・ら句・俳句」と出会い、かほりさんをはじめ、たくさんの素晴らしい人たちと出会い、しりとり俳句やチャットなど、楽しい思い出もいっぱい作ることができました。
かほりさん、そして、「楽・ら句・俳句」と言う素晴らしい座に対して、心から「ありがとう!」
「楽・ら句・俳句」の復活を心待ちする会会長・きっこ
図書館註:井上かほりさんの「楽・ら句・俳句」を開くまでの十年間の句集は美しいPDFで保存しているのですが(おどろおどろしい「百物語」も)、まだリンクする方法を作成していないので、出来次第アップさせていただきます。
ここいらが江戸の中心豆をまく 井上かほり