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スレッドNo.1433

潜り来て子猫が乳を吸ふしぐさ

昔懇意にしているお客から戸塚の自宅に電話が来て、通信障害が起きてメーカーが原因を切り分け出来なくて我々も困っているので休みの日に済まないが助けてくれないかというので、藤沢の工場までバイクでそれほどかからないので出かけようとドアを開けたら生まれて日も浅い子猫が迷い込んできたので、見送りに出て来た妻に任せて仕事に出かけた。無事わたくしが原因を切り分けて、とりあえずメーカーの通信制御装置をリセットしてもらい復旧してお客もメーカにも感謝されて帰宅したが、なんと妻は捨てられた子猫が可愛くて邪険に出来ず飼いたいというので、とりあえず一緒に風呂に入ったら蚤がうじゃうじゃ集っていてミーミー鳴くのを石鹸で洗い綺麗にして乾かしてダンボールにタオルを敷いて寝かせようとしても這い出してきて妻のふくらはぎに取り付き、両手で揉み揉みしながら小さな舌を出して吸い付くので母猫の乳首を探しているのだろうと、ミルクを温めて舐めさせるとまだよく舐められないがとりあえず顔中をミルクだらけにして舐めていたから捨てられてしばらくひもじい思いをしたのだろうと、翌日小さな先がゴムのスポイトで授乳し、虫下しも飲ませたら小さなお尻から回虫やらギョウチュウやらうじゃうじゃ出て来て、近所の人の話だとダンボールに入れられて捨てられて鳴いていたのが十日ほど前で他の子猫は死んでしまったらしく、家に迷い込んだ雌の子猫だけが助かったらしい。借家だったので大家に猫を飼うと柱や何やら傷がつくからと言われて、妻は猫のための家を逗子の山の上に不動産屋を介して探して来て、一緒に見に来てくれというので、行ったら米軍の逗子弾薬倉庫の山の頂上という天辺に近い土地で、これなら車一台やっと通れるだけで交通事故に合う心配はないし、裏は岩盤の山で避雷針も林もあるので猫の遊び場には打ってつけだし、地目も山林で安かったから買うことにしたので、不動産屋も猫のための家ですかと驚いたが不便で買い手がいなかったし、彼らもこんな客は生まれて初めてだと好意的で、バブルの前だったからとんとん拍子で入口のドアにもトイレのドアにも猫の出入り口が付いている猫の家は完成したが、産まれた時から我が家に来て人間しか見ていないから自分を猫だと思わずに人間として育った節があり、大きくなってからも夜中に寝床に潜り込んで来てはわたくしの腕を肉球でぷにぷに押しながらざらざらの舌でちうちう吸うのだが、どうして乳が出ないのだといらだっているうちに寝てしまうという有様で、籠の寝床を作っても昼寝用で妻かわたくしの蒲団の中に潜り込んで寝ていた。名前を喜びが来ると書いて喜来(キキ)という。フランス映画のジャン・ギャバンとミッシェル・モルガン主演の悲恋映画『霧の波止場 Le Quai des Brumes』(1938年)に出て来る犬の名前で、詩人のプレヴェールが脚本を書いているから会話が粋で、脱走兵のジャン・ギャバンとミッシェル・モルガンが波止場に座って「君は幾つになる」「17歳よ」「俺にもそんな時があった」には痺れた。「俺にもそんな時があった」か。わたくしにはなかったから。この映画は後にヌーベル・ヴァーグと言われたジャン・リュック・ゴダールの映画、ジャン・ポール・ベルモンドとジーン・セバーグ主演の『勝手にしやがれ À bout de souffle』(1960年)のラスト・シーンに引用された。

喜来は長女が生まれたので部屋に入れてもらえなくて、わたくしの書斎に来ては膝の上で寝ていたが、わたくしが海外出張時に、血を吐いて、来た時と同じように山に消えてひとり死んでいった。妻はわたくしが死んでもこんなには泣くまいと思うくらい顔を腫らして泣いた。以来、我が家では猫は飼わなかった。

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年03月31日 01:15)

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