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スレッドNo.2606

元日の能登へと向かふ津波かな

  新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事 大伴家持
  正月の地べたを使ふ遊びかな 茨木和生

短歌では大伴家持が、俳句では茨木和生が年賀状に書いたらめでたい候補だと思う。正月の俳句というのは滅多にいい句が詠めないとされている。目出度いので物騒な句は忌まれるのだろう。

  人類に空爆のある雑煮かな 関悦史

はわたくしも同じ場に投句していたが、全員が驚いた俳句で、これを越える新年の句は出ないだろうという事件になったが、年賀状には書けない。全員正月忘れて現実に引き戻され、ハレの日にケの句詠むのは無粋だと言われかねない。俳句としては凄い句なんだけどね。

  元日の開くと灯る冷蔵庫 池田澄子

も大好きな句なのだが、普通の人には「だから何なの」と言われかねない。お澄みさんらしいいい句なんだけどね。

明け方まで映画を見て昼まで寝正月を決め込み、雑煮を作って、これがまた焼き焦げのある丸餅が澄まし汁に良く合って香ばしく餅七個食ったらお腹がグルジア共和国で動悸まで現れたので、正月に餅を喉に詰まらせて亡くなる老人は毎年の恒例だが餅食い過ぎて亡くなる例は珍しいかもと求心二粒飲んで横になったら四時過ぎに長い地震でうつつにかえった。余震の横揺れから本震の縦揺れになるかと身構えたがそのまま震度1の微弱な揺れが続いたので関東ではなくかなり遠方のそれも震度7クラスの大きい地震ではと感じた。

元旦や動悸か夢かはた地震か、とスマホを引き寄せたら能登で大津波避難警報が出ていて、寝たまま地元の能登湾への津波を観ていたが、東日本大地震のような連鎖型の大型陥没型地震ではなかったようで子どもの頃に見たチリ地震の余波のように小さい津波が連続して来るタイプで、沖へ逃げ出す漁船もほとんどなかったので津波による被害は少ないように思われた。東日本大地震の時は係留する船を津波に向かって乗り出さないと係留中の船は津波に翻弄されて岸壁に打ち付けられ破損して廃船にするしかないので漁師たちは必至で船を出すが、能登港の船は一隻しか沖に避難しなかったので、現地は冷静で、地元女子アナウンサーの必死の呼びかけは過剰過ぎるのではと感じたほどだ。能登は去年も地震に見舞われたが、新年早々また大型地震とは兎波さんも大変だ。無事を祈ります。

夕御飯は、餅はさすがに明日の京風白味噌雑煮に回して、フランスのシブール・ソーセージとパセリとレモンのソーセージにキャベツ、タマネギ、冬瓜とミニトマトのポテ。オリーブオイルと塩胡椒だけの味付けだが、意に優しいスープと柔らかい野菜とソーセージのハーモニーがさわやかでライ麦パンのカンパーニュが合う。冬瓜は秋だが、冬に安く出回り、実は癖がなくスープの味に合わせるので、薄味仕立てのスープに海老と一緒に煮ると、これが実に透明感のある味わいで酒の肴に合うのである。鈴木真砂女の銀座一丁目にあった「卯波」で出されていた料理らしいが、わたくしの会社の近くだったが、俳壇の大御所がカウンターに並ぶ居酒屋など真っ平御免被る。鎌倉にいたときは敬愛する鎌倉文士がぞろぞろいたから、店に入る時に有名人が来ていないか確かめながら入っていた。お偉いさんがいると凡人はおちおち酒も飲めない。

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年01月01日 19:17)

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