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スレッドNo.2

第一句集『マリアの月』194句(~2002年)

         目次

   猫の恋     47句

   マリアの月   56句

   排卵日     26句

   メロンパン   50句

   ふくら雀    15句



         猫の恋 47句


     春立つや雪より車掘り出せば

     梅咲いてまぶたに重きつけまつ毛

     愛されることのけだるさ枝垂梅

     お向かひの犬に吠えられ紀元節

     菜の花や涙出るほど青い空

     菜の花の風にまかせてゐる心


     しやぼん玉うなじあたりで消えにけり

     白バイの隊列過ぎしチューリップ

     核心に話の及ぶチューリップ

     黒猫と見上げてをりぬ春の月

     やはらかく如月の眉ひきにけり

     ハンドルを左に切れば春の海


     春ショール由比ヶ浜より茅ヶ崎へ

     なみなみとみなとみたすや春のなみ

     中華街極彩色也春爛漫

     モトマチのセールの札に春の風

     桃の日の溝に挟まるピンヒール

     女湯に乳房ひしめく朧かな

     静脈の浮かぶ乳房や春の月


     まんまるののらねこごろり春の暮

     ゆふぐれのなか恋猫の来たりけり

     恋の猫浮き桟橋に揺られをり

     恋猫に疎まれてゐるワンピース

     恋猫に灯台の灯の回りくる

     一途なることの切なさ猫の恋

     デージーのカーテン越しに揺れる昼


     体温の残るベッドやスイートピー

     コーヒーにミルク渦巻く穀雨かな

     ウイッグに人格変はる養花天

     アネモネの雌蘂に群れてゐる雄蘂

     マニキュアの乾く間もなき桜かな

     次の世もあなたと出会ふ桜かな


     夕暮れの胸に重たき八重桜

     青白き月に楊貴妃桜かな

     夜桜の葉桜にして薄桜

     夜の風夜の桜を散らしけり

     花びらの分かれてゆけり風の道

     桜しべ降るや鉄扉は閉ぢしまま

     花過ぎのマンホールからヘルメット


     花過ぎの港の猫の欠伸かな

     突風に飛ばされて行く四月かな

     猫の髭ぴんと八十八夜かな

     黒猫が八十八夜の顔洗ふ

     ひとすぢの水は砥石へ竹の秋

     穏やかな水面に春の名残りかな

     行く春の口よりチュッパチャプスの棒


     釣具屋の先に釣具屋夏近し



         マリアの月 56句


     潮満ちてマリアの月となりにけり

     雨雲の向かうに夏の来てゐたり

     ブラウスに膨らみふたつ聖五月

     瞬きに風の生まれる聖五月

     枕辺に五月の波の来たりけり

     麦秋や鳥を追ひたる鳥の影


     タンドリーチキンかりかり走り梅雨

     梅雨模様ナンはテーブルはみ出して

     ガネーシャの鼻の重たき迎へ梅雨

     こぽこぽとチャイの泡立つ走り梅雨

     クロネコとペリカンの来る梅雨晴間

     麦秋をゆく双子用ベビーカー

     さりさりと髪の流るる新樹光


     六面のテニスコートの夕立かな

     吃水の危ふきクリームソーダかな

     香水に波打つてゐる感情線

     香水を纏ふや夜の加速する

     短夜の見えない翼広げけり

     ぬばたまの闇のどこかで仔猫がにやあ


     くちびるが「好き」と動いて熱帯魚

     ふりほどきたきことあまたダチュラ咲く

     ストローにソーダの泡のまつはれり

     どの猫も影は黒猫鉄線花

     寸胴を泳ぐパスタや青嵐

     薔薇の香にずらりと並ぶハイヒール

     膝抱へペディキュア塗るや多佳子の忌


     抱きしめてゐるTシャツの濡れしまま

     サンダルをぶら提げてゆく防波堤

     蝶結び解きて始まる夏休み

     世界地図広げて夏の座敷かな

     参道の砂利の真白き土用かな

     出目金に遠慮してゐる和金かな

     姉さんが欲しいと泣いた金魚かな


     ベニヤ板踏めばくにやりと夏の昼

     大胆な水着でテトラポッドへぴよん

     ペディキュアの覗く日傘の影の縁

     引き潮にだんだん埋まつてゆく裸足

     釣船の分くる夥しき水母

     泡盛に風の乾いて来たりけり


     をちこちに猫の散らばる夏の霜

     短夜やレゲエで踊る猫のゐて

     コカコーラ越しに受胎を告げらるる

     夕立や透きとほりたるラブホテル

     かき氷さくりと恋の終はりけり

     泣き顔に浜昼顔のひらきけり

     悲しみはペリエで割つて夏の月


     短夜の奥より冷蔵庫の唸り

     キューピーの浮かぶ湯舟や明易し

     とうすみの草月流に休みをり

     夕焼けに口開けてゐる清掃車

     声援にでんと麦茶の大薬缶

     カルピスが渡り廊下を来たりけり

     藍浴衣フィレオフィッシュを頬張りぬ


     蝉時雨否蝉夕立蝉嵐

     点滴の図太き針や遠花火

     終バスは空気を乗せて夏の果



         排卵日 26句


     朝顔のまどろむ曇硝子かな

     あさがほの星のかたちにしぼみけり

     立秋やあざらし鼻の穴閉ぢて

     フェリー見送る口紅は秋の色

     爪の色変へて切なき荻の風

     桃吹くや痛みに心地良きものも


     出口無き二百十日を泣き通す

     合歓の実の流れへ落つる排卵日

     吹かれくる浜辺の砂と秋の蝶

     秋の蝶螺旋に落ちて来たりけり

     花の野に寝てさかしまな空と海

     月光に翼休めてゐるあたし


     満月へ踵返すや太郎冠者

     浜菊や小さき舟には小さき水尾

     鉢ずらし顔出す菊の主かな

     にじり戸を尻より出づる菊日和

     いづくより釘打つ音や菊日和

     くるくると床へ伸びゆく柿の皮

     落鮎や欠けし湯呑に酒満たし


     紅葉鮒満ちたる魚篭の雫かな

     役満に秋の扇をひらきけり

     たこ焼きのおかかわらわら秋湿

     口紅を懐紙に押さへ新走

     松ぼくり太平洋へ落ちにけり

     太刀魚のとぐろ巻きたる馬穴かな

     芋の葉にこころ読まれてしまひけり



         メロンパン 50句


     丸ビルを跨いで冬の来たりけり

     パティシエの帽子聳える今朝の冬

     立冬やケーキ鋭き角持ちて

     サイフォンのぽこぽこぽこと冬に入る

     冬立ちて最初のキスはティーカップ

     人ごみの中に人垣べたら市


     枯菊を焚くや菊より水蒸気

     枯菊に猫の行方を尋ねをり

     国道の濡れしところを黄落す

     チェロ抱きてタクシー降りてくるブーツ

     冬凪や外人墓地に猫群れて

     先生の眼鏡まん丸冬の凪


     ぼろぼろのあたしはここよゆりかもめ

     溜息も吐息も話す息も白

     くちづけの離れるときの息白し

     冬空の青さに溶けてゆく心

     ワイパーに魔法かけられ冬の雨

     肩甲骨は翼の名残り冬銀河

     冬晴やカーラジオからボブマーリィ


     日向ぼこアジアの端にゐるあたし

     冬の花水の色してゐたりけり

     十二月爪を真珠の色に染め

     姿見の奥より冬の夕日かな

     わが胸に柚子の犇く湯舟かな

     アイライン目尻に跳ねて初氷

     雑巾を閉ぢ込めてゐる初氷


     雨みぞれ雪みぞれ雪みぞれ雨

     猫の爪跡霜焼に発展す

     裸木の影絡みつくマリアかな

     涙流るるまま冬の星仰ぐ

     長葱のはみ出してゐるヴィトンかな

     お太鼓もふくら雀も寒の内


     火曜日のつんつんつんと冬芽かな

     金色の鯉浮かびくる聖夜かな

     聖樹より聖樹へ光流れけり

     レフ板の一面ポインセチアかな

     黒猫はぴんと尾を立て寒椿

     冬日向寝てゐる猫と眠る猫

     おにぎりは三角冬の空四角


     木守りの突つけばびしゆと爆ぜるはず

     くちびるに言葉貼りつく冬の薔薇

     メロンパンほどの乳房や冬の空

     なかなかに埠頭離れぬ百合鴎

     ゆりかもめ午後の睡魔を連れて来し

     冬凪へ胸の揚羽を放ちけり

     玄関の凍つるブーツを履く勇気


     スカートに猫の冬毛をつけて来し

     極月の五感ゆるびて来たりけり

     カーテンのふくらんでゐる雪明

     身につけるものみな冷えてゐたりけり



         ふくら雀 15句


     数へ日の垣根から出る犬の鼻

     紅筆に小指を立てて寒復習

     溜息が言葉を塞ぐ年の空

     ゆく年の空へ煙草の煙かな

     行く年や送電線のばうばうと

     年の湯へ痩せた体を放り出す


     富士山の裾開け放つ襖かな

     指先に目高集まるお正月

     初湯して爪の先までさくらいろ

     どこまでも猫ついてくる初手水

     プリンタをじじじじじじと初暦

     ひさかたのふくら雀を結ふ三日

     春着着て言葉遣ひの変はりけり


     ほつほつと粥の穴より湯気噴けり

     淡き膜張りて名残りの七日粥

編集・削除(編集済: 2022年08月06日 22:02)

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