第二句集『満月へハイヒール』203句(2002年~2004年)
目次
狐の面 44句
仏足石 50句
満月へハイヒール 50句
10番ピン 39句
母の手 20句
狐の面 44句
けふよりは春の炬燵と呼ばれけり
猫板に猫の爪跡ふきのたう
煎餅に前歯を立てて春の山
手の中に志あり松の花
春の山間口の広き母屋より
長椅子のはみ出してゐる日永かな
ものの芽のつつつつつつと連なれり
文鎮をすこしずらしてさへづれる
囀りや沈殿したる梅昆布茶
裏ドラの二枚乗りたる百千鳥
水槽と言ふ春水の直方体
スニーカー干すや紐より春の水
薄氷を分けて小銭を洗ひけり
うすらひをひきずつてくる舫ひ綱
シーサーの睦み合ひたる梅の空
三回も犬の交尾を見てしまふ
春雷や煙草の箱に駱駝の絵
ふらここに狐の面を飛ばしけり
淡月の淡きうさぎと淡き白
非常口開けて春月真正面
菜の花のなかへ遊びに行つたきり
草餅の伸びれば緑うすくなる
アインシュタイン舌出してゐるバレンタイン
初恋のひとにうつされ春の風邪
猫の日の雨がにやんにやん降つて来し
牛丼の消えて建国記念の日
ごんずゐのかたまつてゐる悪だくみ
恋猫の髭に巻きぐせありにけり
抱きしめて猫の恋路の邪魔をする
春月やスープの底の牛テール
古古米も古古古古米も事始
啓蟄や寄せて上げたる我が乳房
啓蟄を勝負下着で出でゆけり
石蕗や猫の乳首は毛に埋もれ
子雀のふくらんでゐる親孝行
春の雲ちよつと崩れてまた戻る
風つよき八百屋お七の忌となりぬ
夜桜の湿りのなかにゐるあたし
初虹や小鳥を巡る給水船
実演販売春大根を真二つ
シベリアンハスキーずんずん花菜畑
黒猫を春の土よりひつこ抜く
すこしづつしあはせになるしやぼん玉
くるくると春の炬燵の足を抜く
仏足石 50句
黒猫の連なつてくる立夏かな
ケチャップのぶばと噴き出すこどもの日
黒南風や土間の高きに火伏神
黒南風やミルク渦巻くタイカレー
夜遊びのミュールぱたぱた走梅雨
梅雨きのこ恋の隙間を埋めてゐる
あまがへる仏足石の凹みへぴよん
対岸の団地真白き送り梅雨
青鷺や消波ブロックてふ憩
鯔ばかり釣れたる七日山瀬かな
煌々として梅雨寒の手術室
夏蝶の飛んで全身麻酔かな
怖いよう母さんはどこ黒揚羽
短夜や悲鳴を上げてゐる子宮
夏の夜の子宮筋腫を産み落とす
麻酔より醒めて五月の浜辺かな
たましひもからだもひとつ水中花
かわほりにをとこの数をかぞへをり
病窓の小さき聖母や青葉潮
鮎掛けて釣師の見せる金歯かな
川風に今年の鮎はまあまあと
をぢさんと風待月をまろびけり
三伏の川面に紅を塗りなほす
そらいろとみづいろのあひ泳ぎけり
饐飯や沖に航空母艦の灯
もうビキニ着れぬ体となりにけり
鮎釣へ近づいてゆくミュールかな
ピンヒール諦め脱ぐや夏蓬
鮎釣におほきく撓む送電線
鮎釣の胸を分けゆく流れかな
夕風の瀬を速めたる囮かな
瀬がはりや釣師は竿を立てしまま
すれちがふ香水すべて言ひ当てる
素麺のからんからんと来たりけり
島唄に涼しき足の運びかな
水中花素顔見られてしまひけり
次々と軍手干しゆく日焼の手
径やをら険しきほたるぶくろかな
五と口で吾と悟るや仏法僧
とうすみのちぎれるほどに交みけり
瓜蝿が瓜蝿を呼ぶ雨催
緋目高のことが気になる黒目高
猫飯に蟻蟻蟻蟻蟻蟻蝿
はんざきの石を抱きたる流れかな
茹でたてのペンネくるくる蝸牛
蜘蛛の囲やショートホープを根元まで
うすばかげろふ J J に不時着す
ぼんやりと俳句作つてゐる毛虫
御器噛だけは写生ができませぬ
扇風機うちひしがれてをりにけり
満月へハイヒール 50句
雨音の中に目覚むや敗戦日
霖の真中にをるやネクタリン ※霖(ながあめ)
白桃やタイヤの音は波の音
ブラジャーを部屋に干したる敗戦日
風呂釜のごぼと八月十五日
敗戦忌チワワチワワのあとを追ひ
終戦日空を見上げてゐるパンダ
足抜いて輪切りにされる茄子の馬
ゆふぐれのあさがほといふ脱力感
終戦日猫に尻尾のなかりけり
力草空港島を囲みけり
犬蓼のぶるりと昨夜の雨払ふ
犬蓼に大犬蓼の被さりぬ
颱風は林檎落として行つたまま
色鳥やダブルベッドをもて余し
草の実や猫とおんなじ朝ごはん
金策に走る紫式部かな
ひるがほや下校チャイムに納竿す
曼珠沙華漫画喫茶を包囲せよ
吊革はレゲエのリズム頭高
秋空に畳鰯を焦がしけり
梵と鳴る柱時計やロザリオ祭
腕時計御所水引の中に落つ
木の実落つインスピレーション冴えてくる
干柿の下に干しある柿の皮
紅玉を磨いた袖で鼻を拭く
生身魂月の輪熊を捌きけり
たらたらと手繰り寄せるや落花生
天窓に猫のあしあと秋収
カラオケを出てつづれさせつづれさせ
茶柱を立てて燕の帰りけり
連休のランゲルハンス島も秋
秋深しコントラバスは森の音
愛情を噛みしめてゐる林檎かな
憎悪てふ闇よ吹かるる鬼の子よ
月白や首の短き雁之介
恋人を川に流して月を待つ
目薬の海に溺れて十三夜
月の舟ゆらせる乙女心かな
昔レイプされた空地や望の月
ブルースの蛇行してゆく月夜かな
満月へフィアットパンダ横づけす
真つ黒な烏賊の沖漬け月渡る
肉じやがのほくと崩るる良夜かな
逆上がりしてハイヒール満月へ
月光へ匍匐前進してをりぬ
月面をくるりとまはすウォッカかな
盥には昨夜の雨水や月の庭
月光にゴム手袋が干してある
回廊をさまよふ月となりにけり
10番ピン 39句
10番ピン残して冬に入りけり
冬晴や沖に根を張る貨物船
日出鯔ごつんごつんとのぼりくる
猫の毛に寒冷前線張り出せり
セーターをぱちぱち進む頭かな
北窓を塞ぐ猫用ドア開ける
クロネコがボジョレーヌーボー届けをり
蛾の骸掃きて聖樹を立てにけり
人人人聖樹人人鴉人
もの言へぬことの切なさ雪うさぎ
雪囲突き出す物干竿の先
灰猫を白ブラウスで抱く勇気
肉球のわが腹をゆく霜夜かな
深々と猫に礼して夜鷹蕎麦
毛糸編む猫の鼾のぶぶぶぶぶ
羊水のたぷんと揺れて寒昴
野良猫を呼び集めたる避寒かな
右足に湯たんぽ左足に猫
忘年会猫じや猫じやと踊りけり
猫にあらほぐす俎始かな
押鮎や竹の香のする竹の箸
繭玉の枝垂れて暗き薦被
羊羹に粘る刃先も二日かな
人日のファーブル昆虫記を枕
骰子が茶碗こぼれて初閻魔
沸々と一月十一日の鍋
雪隠にTOTOの刻印寒稽古
筆先に墨の吃線ふゆざくら
猫飯に雪降つてゐる世田谷区
寒雷のどすんと落ちて石寒太
ひたすらに写生をせよと冬の雷
寒椿こころの揺れのおさまらず
胸中へ冬の弓張月堕つる
冬萌や紅茶に溶ける鳩サブレ
探梅にしてはものものしき装備
泣顔のほどけてきたる実南天
冬晴に焼きおにぎりのあちちちち
ガードルにお尻詰め込む春隣
ステルスの見えない翼冬晴るる
母の手 20句
初雀母の窓辺に来たりけり
母さんと寝初泣初笑初
野良猫のずずずずずずい御慶とな
初東風や目つむる猫の富士額
母さんへふくらんでゆくお餅かな
座布団に猪鹿蝶やお正月
初空の端つこにゐるお母さん
母の手に母の手ざはり初詣
母さんと昔を遊ぶ初湯かな
初風呂の目の前をゆくおちんちん
高きより母を打つ湯や火焚鳥
鳥のこゑ間のびしてゆく恵方かな
梳初の母のうなじのはんなりと
靴下の穴にペディキュア棚浚
母の手と重なる恋の歌留多かな
よく眠る母へ冬日の届きをり
人日の蛇口に固きゴムホース
まんさくやゆつくりと雲ほぐれゆく
冬をゆく川はも母の姿はも
鯉の背の寒九の水を帰りけり