第三句集『東京タワー』121句(2004年~)
目次
東京タワー 30句
シートベルト 32句
ナースコール 33句
三十秒 26句
東京タワー 30句
鳥の巣に飛行機雲の刺さりけり
春潮やハモニカ吸へば鉄の味
薄氷や四十五度のアキレス腱
女紅場へ急ぐ鼻緒や春氷
わかさぎの泳ぐかたちに揚がりけり
五百二十万画素の枝垂梅
白梅を攝津幸彦かと思ふ
鞦韆やわだつみは雲吐き出して
かつて海でありし銀座よ柳絮とぶ
乳房打つ熱きシャワーや春嵐
アセチレンランプについてゆく朧
風船をくはへ I LOVE YOU と手話
もんしろてふ宙の真中を転びけり
蒲公英のふんばる東京タワーかな
木版の朧刷りだす馬楝かな
ふらここのきしみも夢のつづきかな
虚子の忌の千鳥格子のワンピース
フランベの炎にシェフのかぎろへる
すかんぽやコロッケかじりながらゆく
春風やもんじやの土手の決壊す
鳴き声の歪む子猫の欠伸かな
しやぼんだま手塚治虫の鼻ほどに
飯蛸の灰汁の寄せたる鍋の縁
群に頭を捩ぢ込むおたまじやくしかな
つつつけばひろがるおたまじやくしの輪
うるうると脂こぼるる目刺の目
オートバイ春三日月を傾ける
濁湯の湯舟ぬらぬら猫の恋
車座を解きて菜の花畑かな
鳥の巣へ届く下校のチャイムかな
シートベルト 32句
黴の根のパンの真中に至りけり
武蔵野に黴ふくふくと育てをり
白南風やくるりとまはる燕尾服
クレーンで吊るすピアノや青葉風
青葉して湯治枕の大中小
青葉して振つた男にあつかんべ
お台場に散らばる土用雀かな
蝋石の間取りひろびろ土用猫
悉皆屋出づる猫背や土用東風
しばらくを丼にゐる目高かな
黒目高濾過器の筒に集まり来
緋目高のちんと沈んでふと浮けり
青鷺の翼をひろげゐて飛ばず
噴水をとほくに聞いてゐたりけり
くちづけの余韻じんじん熱帯魚
青簾おろせばしましまのあたし
しあはせな裸足ふしあはせな裸足
蛇花火鼠花火へ伸びゆけり
すぐ落ちてしまふ線香花火かな
重曹の水へ溶けゆく日雷
接岸に手間取つてゐる納涼船
マイトガイ笑ふ納涼映画かな
パンダ舎は冷房完備なんだとさ
苦瓜の種は日の色月の色
苦瓜の綿すこすことこそぎけり
Shall We dance? 水馬 水馬
半襟の糸目引きたる百日紅
夕凪や父の背中の降龍
飼ひならす小さき腫瘍や夏館
金魚藻に金魚のあぶくひつかかる
助手席の西瓜にシートベルトかな
かぶとむし西瓜のにほひしてゐたり
ナースコール 33句
近づけば跳ぶ近づけば跳ぶ飛蝗
自転車を磨く八月十五日
首立ててゐるはうが雄眞菰馬
軽石で踵こすれば小鳥くる
踊の輪抜けて文庫と貝の口
前の帯ほどけかかつてゐる踊
シニヨンを高く結つては蕎麦の花
ブラジャーに乳房収まる颱風裡
外は颱風ほつほつと排卵日
颱風一過青空へブーケトス
雨脚に追ひ越されたる九月かな
雪隠にお尻洗はれ酔芙蓉
露草や愛する猫と別居中
竹伐るや湯煙あげるドラム缶
おーいと呼べばあーいと応ふ真竹伐り
竹伐るや竹のまはりを廻りつつ
文楽のあれよあれよともみづれる
手の中の団栗のもう捨てられず
団栗やお狐様に行き止まる
団栗や団地の窓の団欒も
たくあんに髭根いつぽん文化の日
うら山の上から下からもみづれる
花野まで伸ばして来たる糸電話
薫子が真理子にゐのこづち飛ばす
脱脂綿より貝割菜貝割菜
落鮎や河原に足袋の干してある
落鮎のきゆんきゆん鳴らす天蚕糸かな
馬鹿尾根へ竿立てかけて秋の鮎
着鮎に砂の重さのありにけり
ゆふぐれの尾根くろぐろと下り鮎
紅玉にナースコールの垂れ下がる
ひと揺れのあとはしづかに新豆腐
落鮎や送電線は山へ山へ
三十秒 26句
空色の空水色の水冴ゆる
石ころに砂利に時雨の来たりけり
懐の雀放たん初時雨
鶴を待つこころ母さん待つこころ
まだ小さき花かんざしや友時雨
大海鼠沈めて桶の凪ぎゐたり
いつせいに提灯灯るお酉さま
二の酉の闇をぶるるん発電機
二の酉のかんかんかんと大薬缶
二の酉やコートの色で呼ばれたる
嘴のかそけきふくら雀かな
火花散る桃色ブーツ白ブーツ
連弾のまつはる巨大聖樹かな
凍月や鉱石貨車の連結音
俎板を寒九の水へ立てにけり
楪や尻尾ゆさゆさ波斯猫 *波斯(ペルシャ)
母さんに抱かかるるかたち寒卵
蛸壺に囲まれてゐる焚火かな
バイク屋の奥より竈猫のそり
つつましく暮らしてをれば嫁が君
寒紅をのせて小指のいとほしき
初雪のふちどる猫の器かな
マフラーに母さんの編み癖みつけ
門火より門火へ蝶の冱てゆけり
少女まで三十秒の霜柱
山の影山へ伸びゆく浮寝鳥